「あれ？ 龍麻サン、第二ボタン……」 迂闊にもバイクから降りたときに初めて気が付いた。 雨紋の指摘に龍麻はこともなげに答える。 「ああ、葵が欲しいって言うから。……ひょっとして、欲しかったのか？」 「冗談。あんな物を欲しがるのは女子だけだろ」 「……日が落ちるまで、まだ少し時間があるな……」 防波堤に腰を下ろす。 かと思いきや、すぐに砂浜の方に飛び降りて、平べったい形の貝殻を手に取った。 「なあ、昔飛び石ってやらなかったか？ こんな風に平べったい石を川に投げて」 言いながら、貝殻を投げる。 やはり石とは違って上手くはいかないが一度は跳ねた後貝殻は海中に沈んだ。 「残念。石だったら昔は五つは飛べたんだけどな……」 苦笑してこちらを向く。 「……龍麻サン、今日は何か浮かれてないか？」 いつもより明らかにはしゃいでいる。 「そうか？ ……そうかもしれないな。やっぱり卒業式の後だから。けど、逆に雨紋は今日は浮かない顔だな」 「ああ、そうだな。……やっぱり卒業式の後だからな」 ひとつ、溜息を吐く。 「変な奴だな。自分が卒業したわけでもないのに」 「だから、だよ。 あんたが卒業して、オレ様だけが残されてくような気がしてさ」 閉鎖的な空間に。学校という檻に。 制服を脱いで自由な世界に行く龍麻とは無限の差が開いてしまったような気がする。 「悲観的だな」 「ほっといてくれ。 一年の差の大きさを実感してるんだよ」 僻みだ。拗ねている。 それくらいは自分でも分かっている。格好が悪い。 だけれども、龍麻と一緒に卒業した京一達が羨ましくてしょうがない。 そんな雨紋を見て龍麻は少し苦笑すると、背中を向けて、海の方を向く。 ガクランを脱ぐと振り返りざまに雨紋の方に投げた。 慌てて受け止める。 一年しか着ていない制服は他の三年生の者とは違ってあまり肘などがすれていない。 もっとも、そのかわり明らかに日々の生活でついたものとは違う傷み方をしてはいるが。 「やるよ。第二ボタンはないけど。……あ、こっちにならあるな」 言うが早いがシャツも脱いで雨紋に投げる。 「たっ、龍麻サン！」 思わず赤くなる雨紋に龍麻はタンクトップひとつの姿でいたずらっ子のように笑う。 「そっちには、第二ボタン、ついてるぞ？」 「いるなんて言ってねぇだろ！」 声を上げて、笑う。 「確かに、僕は今日は浮かれているな。 なんせ、今日で『男子高校生』の身分ともおわかれだから」 ふわりとした笑顔。 そうだ。そう言う考え方もあった。 「そろそろ空が紅くなってきたな。 ……雨紋、さっきのは予約券だ」 「……予約？」 「そう。 来年の卒業式には、第二ボタンをちょうだいね、雷人、くん？」 〜Fin〜 |