養父は怒った。 養母は泣いた。 「お前は女の子なのだから……」 そのセリフを聞いた瞬間に、龍麻は逆上したのかも知れない。 咄嗟に机の上にあった鋏を手に取り、悲鳴を上げて制止する養母を振りきり、龍麻は自分の髪を切った。無造作に。 「女であるということが制止の理由になるのならば、今この場をもって女を捨てる。そんなものは、必要ない」 無残に刈られた髪を床に撒き散らし、龍麻はそう断言した。 ……それで、終わりだった。 「鳴滝さん、お待たせいたしました」 現れた龍麻の姿を見て、鳴瀧は少なからず驚いた。 乱雑に短く切られた髪はもちろんのことだが、龍麻の姿はどこから見ても男性であった。 「どうしたというのだね、その姿は」 「……養父母には悪い事をしました」 鳴瀧の問いに龍麻は直接答えず、そう、返答した。 それだけでもう、鳴瀧も何も訊かなかった。 「僕は、鳴瀧さんのお宅にお世話になって良いのですか?」 東京に寄る辺は鳴瀧以外何もない。 もっとも、養父母と決裂してしまった龍麻にはもう頼る所など彼以外どこにもないのだが。 「いや……うちは拳武館の若い者が良く出入りするので余り良い環境とは言えない。 新宿にアパートを一室借りた。そこで、我慢してくれないか?」 「アパート? 新宿のアパートなんかじゃ僕のような学生に家賃を払いきれるとは思いませんが」 「何を馬鹿なことを言っている。アパートも生活費も、私が工面する。 君はそのような心配はしなくていい」 「しかし、…………すいません。お言葉に甘えます」 「いや、半ば無理に君をこの東京に連れていくのは私だ。 それなのに衣食住の心配をさせるわけにはいかないだろう」 「……はい」 高速を走る車は、やがて東京に入った。 途端に龍麻の第六感に何かが走る。 「……成る程。これは…………」 何かとははっきりとは分からないが、禍々しい、気。 表面上は平穏な町並みであるが明らかに何かが水面下で動いているのを感じる。 「さあ、着いた」 鳴瀧があるアパートの前に車を止める。 こじんまりとしたアパートだ。 ここならば、高校生が一人暮らしをしていてもそれほど不審ではないだろう。 「荷物はすでに届いているはずだ。 真神学園に転入手続きは済ませてある」 「……あの」 「なにかね?」 「僕は、何をすればよいのでしょうか?」 無理もない。 龍麻が聞いたのは 「東京、新宿真神学園高校に行け」 ただ、それだけである。 「ふむ。 ……ひとつ訊こう。君は何故私について東京に来ようと思った?」 質問に答えず、逆に鳴瀧は龍麻に質問を投げかけた。 「知りたいと、全てを知りたいと思ったからです。 僕の、顔も見たことのない両親、そしてこの『力』。 何かが、何かは分からないけれど何かが近づいているのを感じます。 その答が『東京』にあるのなら……行ってみようと、そう思いました」 龍麻の答に鳴瀧は満足げに頷いた。 「それだけが分かっていれば充分だ。 君は、ただかの学園に行って、高校生としての時間を過ごしなさい。 大切な仲間を、つくりなさい。 君が手にしたい真実は、そう遠くない未来に、自ずから近づいてくる」 「……仲間?」 鳴瀧の言葉に龍麻は自嘲気味な笑いを洩らした。 「自分を偽り、嘘で固めて過ごすような輩に大切な仲間ができるとは、到底思えませんが」 養父を捨て、養母を捨て、家を捨て、性別を捨て、友人を捨て、故郷を捨て。 何もかもを捨てて此処に来た自分は、もはや元の自分ではあり得ない。 「いや、私は断言しよう。 いつか君はその偽りの君自身を含めてまるごと認めてくれる仲間に、きっと出会うであろうと」 自分が、弦麻に会うことが出来たように。 人の気配に、鳴瀧は振り返った。 龍麻と同年代であろう青い学生服を着た少年が、そこにいた。 「館長、申し訳有りません。危急の知らせがありまして」 年の割には眼光鋭いその少年に鳴瀧は頷きを返した。 「用が入ったようだ。 悪いが私はこれで失礼する。 こちらから連絡することはないと思うが……健闘を祈る」 龍麻はぺこりと頭を下げて少年と連れ立って去っていく鳴瀧の車を見送った。 「館長、……彼は?」 「ほぅ、お前が他人に興味を向けるとは珍しいな」 「いえ、別に」 「彼……彼は、我々の希望だ」 全てが失われた『あの時』に、唯一残された、希望の光。 鳴瀧の言葉の意味は分からなかったが壬生はそれ以上何も訊かなかった。 「今年の桜は……遅いな」 「はい。来週ぐらいが見頃になるのではないでしょうか」 「うむ」 満開の桜の頃に、龍麻は、真神学園高校へ、編入する。 何が、誰が待っているのかは、まだ、何も分からない。 〜そして、第一話へ……〜 |