「緋勇龍麻君だね?」 突然かけられた言葉に龍麻は怪訝そうに振り返った。 「……どちら様でしょうか?」 「ああ、これは失礼。 私は鳴瀧と言って、君の、実の父親の知り合いだ。奴の娘に会っておきたかったのでね」 娘。 鳴瀧の言葉に龍麻の警戒が強まった。 身体から発されているのは、闘気。 拳に気を込め、突然鳴瀧に向けて放つ。 が、あっさりとかわされた。 警戒から驚きに表情が変わる。 「止めておきたまえ。 今の君では、私に勝つことは出来ない」 「なぜ、知っているんですか」 養父母以外誰も知らない。 誰も、知っているはずがない、絶対の秘密。 鳴瀧はそれには答えず、深く溜息をついた。 「宿星はかくも抗いがたいものか……」 17年前、あの日のことを忘れたことはない。 迦代は龍麻を産み落とすと、彼をその手に抱くことすらなく衰弱しきって数日後にはこの世を去ることとなった。 生まれ落ちたのは、女。 菩薩眼の娘は子をなすことで今までの庇護から解放され、死に至る。 迦代の命と引き替えに生まれてきたこの子は? まだ嬰児では何も分からない。 「この子には、そのような宿星から解放されて欲しい。 ただ、健やかに生きて欲しい……」 それが、迦代と弦麻の共通の願いであった。 その為に敢えて彼らは龍麻に女性を棄てさせたのだ。 逆の気を送り込み、陰陽のバランスを崩させて。 彼らの意を汲んでそれを行ったのは、鳴瀧であった。 平和に平凡に人生を送って欲しい。 そんな、悲痛な両親の願いは、しかし届かなかった。 今目の前にいる龍麻は、成る程菩薩眼ではない。 が、このみなぎる気は何だ。 あふれでる力は何だ。 ―――黄龍。 嬰児に不自然に施した気が災いしたのか、父親の弦麻の強い気が影響したのか、龍麻は、やはり宿星からは逃れられなかったのだ。 ならば逆にこの力を抱え込んだまま今の生活を続けるのは困難だ。 いつかこの力に龍麻は食いつぶされてしまうだろう。 力を解放させなければ。 親友の、最後の願いさえ叶えてやることの出来なかった自分に苦い感情をかみしめながら、それでも鳴瀧は彼をいざなわなければならなかった。 動乱と宿星の予兆を見せる街―――東京、新宿へ。 「京一、そろそろデカイ波が来るかもしれん。せいぜい自分を磨くことだ」 「はぁ? 何いってんだ、京士浪。突然来たかと思ったらよ」 「まあ、今は分からなくていい。……いずれだ」 「弦月、行くの?」 「ああ、わいは行かなならん。 ……東京へ。奴を潰しに」 「わかったわ。客家封龍一族の名を辱めることの無いように。……行っておいで」 「来るな」 「何かあるのかい? 鉄洲サン」 「ああ。……でもまあもう世代交代だな。お前に任せる。 俺はまたどっかイイ女でも探しに行くわ」 「……は?」 「オジサン、オバサン、……Sorry. ボクはどうしても、倒さなければいけないんだ。……アイツを……」 車に乗り込んだ鳴瀧は助手席に座る少年に、まるで独り言のように話しかけた。 「今年の桜は……遅いな」 「はい。来週ぐらいが見頃になるのではないでしょうか」 「うむ」 満開の桜の頃に、龍麻は、真神学園高校へ、編入する。 何が、誰が待っているのかは、まだ、何も分からない。 〜そして、第一話へ・・・〜 |