「よっ。おはようさん」 背後からかけられた言葉に龍斗は振り返らなかった。 見なくても分かり切っている。 関西の訛のあるその言葉。いや、本当は声をかけられる前から気が付いていた。 「……相変わらずお盛んだな」 はっきりと匂ってくる白粉の香り。 「なんや険のある言葉やなぁ。・・・妬いてるん?」 「喧嘩を売っているのなら喜んで相手になるぞ」 振り返りざま既に拳を構えている。 「あかんあかん。あんさんと喧嘩したりしたらわいの二枚目が傷もんになってまう」 軽く笑いながら龍斗の横に並ぶ。 「……やはり、辛いのか……?」 「ん?」 「もうずっと、鳥の声がしない」 「ああ、やっぱりあんたは気付いとったか……」 明けない夜が江戸に訪れてから、ずっと森の中を歩いても鳥の声が全くしなくなった。 息を潜めているのだ。 森の獣達も姿を現さなくなった。獣は獣なりにこの異変を感じ取っている。 森に育てられたような們天丸にとってはこれは何よりも堪えた。 自分が『森の仲間』ではなく、敵である『人』であることを思い知らされる。 ここ最近前にも増して女性をはべらせるようになったのもその為だ。 「そうやな、ちょっときついわ」 意外にもあっさりと們天丸はその事実を認めた。 「せやけど、まだ独りやない。 森は今んとこ答えてくれへんけど、わいがやってることは分かってくれてる。わいはそう思う。 そんで、わいと一緒に闘ってくれてる、もとの暮らしに戻そうとしてくれてるあんさんもいる。 ……せやから、まだ大丈夫や」 そういう們天丸を見て、龍斗は少し微笑む。 「なんや、心配してくれとったんか。ええ子やな」 手を伸ばすと龍斗の髪を少し乱暴になでた。 「……誰が。 子供扱いするな」 少し顔を赤くしながら們天丸の手を振り払うと足早に龍斗はその場を立ち去った。 にやにやしながらそれを見送る門天丸。 しばらくして、誰もいないところでそっと乱れた髪に触れる。 ……本当は、們天丸に子供扱いされるのも、嫌いではない。 |