「君の面を、創ってもかまわないだろうか」 「面? 私の顔のか?」 「そうだ」 いつものように弥勒の作業場に姿を現した龍斗に、弥勒は前置きもなく急にこう言った。 言葉を交わすこと自体余りないのに、その言葉の内容に龍斗は驚いた。 「自分と同じ顔の面……ぞっとしないな」 嫌そうに言う龍斗に弥勒は苦笑する。 「べつにまるきり同じものになるというわけではない」 「しかし、……弥勒はこんな話を知っているか?」 そう言いながら龍斗は腰を下ろす。 なんとなしにみると弥勒は今日は鑿すら持っていない。 いつも床中に散らばっている作りかけの面もしまい込まれている。 どうやら今日は話をするために龍斗を待っていたらしい。 「私が昔誰かに……そう、誰かに聞いた話だ。 ある面づくりの名匠の所に時の将軍が自分の面を創ることを依頼してきた。 しかし、彫っても彫ってもその面には何故か死相が浮かび出る。 何度も作り直しているうちに期限は過ぎる。 いつまで経っても面を差し出さぬ匠を斬ろうとした将軍に、 匠の娘はその死相の浮き出た面のひとつを差し出すが、 その日の晩に夜討ちにあって将軍は殺されてしまう……そんな話だ。 そういう話を思うと自分の顔の面というのは悪いが敬遠したいという気になるね」 龍斗の言葉に少し考える風だった弥勒だったが、やがてこんな答えを返した。 「龍斗、君のその話は完全ではないな?」 「……どういうことだ?」 「俺もその話は聞いたことがある。 面打ち師の話だったから興味を覚えたので今も良く記憶に残っている。 確かその話にはこんな続きがあるはずだ。 夜討ちにあった将軍を救うべく匠の娘は面をかぶって将軍になりすまし、 結果として自分も斬られてしまう。 瀕死の身で匠の家に帰ってきた娘をみて、 匠は面にするべく一心に写生を行う、という続きが。 龍斗、君は何故匠が最愛の娘の死を前にして、その手を取ってやることもなく、 面にしようと写生を行ったか分かるか?」 「さあ……親子の情よりも面打ち職人としての思いの方が上だったからか」 少し考えて龍斗が答える。 そういえばそんな続きがあったような気がする。 しかしどちらにしても余り気分の良くない話だ。 「いや、俺はそうは思わない。 あくまで私見だが、俺は、匠は残したかったからだと思うのだ」 「残す?」 「ああ。……自分にとって今一番大切なもの、失われゆく最愛の娘の顔。 それを永遠に手元に残したかったからこそ匠は娘の面を打とうと思い立ったのではないかと、 そう思うのだ。 俺が、今君の面を打ちたいと考えるのも、同じような理由だ」 しばらく、考える。 やっと意味が飲み込めたのか、龍斗の顔が、少し赤くなった。 「…………今日は、帰る」 立ち上がる。 弥勒と目を会わさないように。 「返事は保留としておいてかまわないか?」 「ああ。……少し考えてみる」 「今日俺が言った言葉の意味も、少し考えて置いてくれ」 「…………考えてみる」 戻る |