燃えさかる火。パチパチと炎のはぜるその音をかき消すように響きわたる村人の悲鳴。 叫び。 嘲笑。 崩壊。 略奪。 血飛沫。 死。 死。 死。 「うわあああああああっ!」 自分の発した叫びによって御神槌は目を覚ました。 体中にびっしょりと汗をかいている。 いつもの夢だ。 しかし、久しぶりに見た。 自分で思ったその事実に御神槌はドキリとした。 ……久しぶり? 「御神槌の様子がどうもおかしいみたいだから、ちょっとたーさん見てきておくれでないかい?」 そんな桔梗の言葉を聞くまでもなく龍斗は教会に向かっていた。 朝方散歩をしている時に姿を見たが、すでに様子がおかしかった。 心ここにあらずといったかんじでふらふらとさまよい歩いている風であった。 思い当たることはひとつ。 昨日の晩に聞こえた悲鳴。 しかし、御神槌が悪夢に悩まされるのは言っては悪いが今日に始まったことでは無い。 龍斗がこの村に来てからも何度もあの悲痛な声を聞いた。 しかし、どんなに苦しい夢を見ていたのか知らないが、翌日には彼は何事もなかったかのようにいつもの微笑を見せてくれていた。 そしてその夢も最近はぱったりとやんでしまったようだと安心していた矢先のことである。 「御神槌」 教会の扉を開きながら声をかけると祭壇に御神槌がいた。 机に両肘をつき、頭を抱えている。 机の上には聖書が開いてあるがこれを読んでいたわけではないのは明白である。 「ああ、龍斗さん……」 顔を上げ、こちらを向く。 無理に笑顔を作ろうとしているのが痛々しい。 「お前の様子がおかしいと、みんなが心配している。……どうかしたのか」 無愛想に言う。 少し躊躇する様子を見せたが、御神槌は重い口を開いた。 「何も。何も無かったんです。 ずっと……忘れていたんです。 昨日、昔の夢を見て、ああ、久しぶりだと、そう思った自分がいたのです。 教会をもち、信者がいて、御館様がいて……貴方がいて。ここのところ、毎日が幸せで、私は忘れてしまっていたのです。 あの村を。あの悲劇を。……皆が殺されてしまったというのに私だけがのうのうと生きているのだと言うことを……」 聞きながら、龍斗は少し眉を寄せた。 「『お前だけが』、そう、怨嗟の声が聞こえるような気がします。 卑怯者の私が、幸福に生きる資格など無いというのに」 皆を護ることもできずに。 皆と闘うこともできずに。 一人、生を得てしまった自分には。 「……御神槌、悪い。手加減はする」 そう言う龍斗の言葉に何が、と問う間もなく龍斗の平手が御神槌の顔面に食らわされた。 「ふざけるな!」 呆然とする御神槌にそのまま龍斗はまくしたてた。 「一人生き残ったことがなんだ。他の者を殺して生き延びたのでもない。自分を責めてなんになる。 怨嗟の声がどうだというんだ。大体、お前がいた村の人たちは一人生き残ったお前を、取り残されたお前を恨むような奴らだったのか?」 はっとした。 静かに慎ましく暮らしていた信心深い村人。 彼らが、恨むような人たちであるはずがない。 「もし万が一恨むような奴らだったとしたら、そんな狭量な奴らのために気を病む事なんて無い。 それに、殺された者は確かに辛かったろう、無念だったろう。しかし、お前はそうじゃないとでも言うのか? ちがうだろう? 一人残されても、いや、一人残されてしまったからこそ、お前は今それだけ苦しんでいるんだろう。残された方が楽なんて事は、決してない」 死の苦しみは、一瞬。 生の苦しみは、一生。 「忘れてしまえなんて言わない。言えない。 だが、だったらせめて彼らが幸せだったときのことも覚えていてやれ」 貧しくも日々の糧を得て生き生きと過ごす村人達。 日が暮れる頃にはしゃぎながら家路につく子供達。 それを出迎える優しい母親の顔。 「そして……幸福に生きる資格のない人間なんてこの世にはいない。そんなことは二度と言わないでくれ。……頼むから…………」 最後にそれだけいうと龍斗は御神槌を抱きしめた。 肩が震えている。 御神槌はそこで、はじめて気が付いた。龍斗は泣いているのだ。 自分のために、ここまで怒り、そして泣いてくれているのだ。 「……申し訳ありません。 私は、もう少しで大切なものを見失ってしまうところでした。 貴方には、いつも、頼りきってばかりですね……」 「まったくだ」 泣きながらも少し、龍斗が微笑む。 「では、私も強くなりましょう。 頼るばかりでなく、貴方を支えることができるように。護っていくことができるように」 強く、こんなにも強く自分を想ってくれている人がいる。 それだけで、自分にも生きる価値があると、そう、思える。 今のこの幸福を得ても良いのだと。 戻る |