その、答。




「相馬、来たか」
「はい。相馬主計、ここに」

 土方は、部屋に入ってきた相馬を一瞥すると、椅子から立ち上がった。

「明日、俺が戻らなかった場合はお前を新撰組隊長に任命する。
 ……最後の最後に、重い責を負わすことになる……すまない」

 まるでらしくない土方の言葉に、否定することも、拒否することもなく、相馬は黙って一礼した。
 もう、全ては分かり切っていたからだ。
 相馬が部屋を去る。
 部屋に残されたのは、土方と、もう一人。
 壁に軽くもたれかかり、一部始終を見つめていた、壬生である。
 彼に向かってか、それとも独り言か、土方はぽつりと呟いた。

「……明日で、全てが決するか」

 明日、土方の隊は孤立した弁天台場を救うべく出撃する。
 勝つ見込みは、ほぼない。
 もはや幕府軍に残されたのは、この五稜郭のみ。
 弁天台場と五稜郭を結ぶ函館はすでに政府軍の手に落ち、炎に包まれた。
 島田魁も捕らわれた。

 自らの無謀さを、土方はすでに理解している。
 愛刀和泉守兼定をはじめとする遺品を市村鉄之助に託し、日野へ逃れさせた。

 明日。
 そう、明日以降の闘いで幕府軍は壊滅するのだろう。
 もう幕府軍は新撰組だけの力ではどうにもならないほどに弱体化してしまっているのだ。

「土方。死ぬ気か」

 今まで何も言わなかった壬生が、口を開いた。
 一度新撰組を脱退したにもかかわらず、この幕府軍に参入している。

「わずかな手勢だが、出来るところまではやってみるつもりだ。
 しかし……死は、免れ得まい」

 他の者の前では決して口に出来ない言葉を吐く。
 そして、壬生の顔を見て、一つのことに気が付く。

「お前は……違うというのだな」

「ああ、幕府軍は敗北するかもしれん。
 が、俺は死なん。必ず、生きて戻る」

 土方は少し微笑むと、それ以上何も言わなかった。
 壬生も、もうそれ以上は口にしなかった。


 約束を、した。
 だから、俺は死なぬ。生きて戻るのだ。
 必ず・・・・・ 






「くだらん、お前はただの傀儡か」

 彼に、そう言われたのはいつのことだっただろう。
 鬼哭村に来てすぐの頃だったと、記憶している。

「傀儡、だと?」

 聞き捨てならない言葉だった。

「俺は俺の心のままに生きているつもりだ。
 誰に束縛されているわけでも従っているつもりもない」
「自覚がないとはなおさら始末に負えぬ傀儡だ。
 では訊こう。お前は何のためにそうやって己を鍛える?」

 場所は……そう。双羅山だ。
 いつものように鍛錬を行っていた時だった。
 ふらりと現れた龍斗に突然そんな事を言われたのだ。

「強く、……強くありたいからだ」
 壬生の言葉に、龍斗は鼻で嗤う。  
「強く。それは結構なことだ。
 しかし、ならば何故その刀を手放さない?
 真に強さを求めるのならば、そのような妖刀は必要ないはずだ。
 いや、むしろ妨げにしかならない」

 龍斗が言っているのは、もちろん壬生の背に負っている妖刀村正のことである。
 そのすさまじい妖気を封じるために鎖を巻き、それでもなお無魂性の自分以外の者には扱うことはできない。

「俺から見るとお前はただ、その刀にすがり、その刀に殉じる傀儡だ。
 自らのために強さを求めるのではなくその刀のために強さを求める。……自分が無いという点ではガンリュウと変わらん」

 その時、何より自分を陥れたのは龍斗の言葉ではなく、その暴言に何一つ返す言葉を持たなかった自分自身であった。


 自分は、何のために強さを求めている?
 何故、村正を手放そうとしない?
 ……やはり、自分は、傀儡なのか……?

 それでも答は見つからず、ただ日々の習慣のように鍛錬を続けた。
 心の奥に小さな棘を残したまま。


 龍斗は不思議な男だった。 
 鬼哭村に昔から居る他の鬼頭衆とは違い、格別の忠誠を持っている訳でも、何か遺恨を抱えているわけでもない。
 国の未来を憂いている訳でもなさそうであった。
 ただいつもふらふらと村を彷徨い歩き、例の調子で周りの人間を煙に巻く。
 野良猫のように、気ままに生き自分の素顔は晒すことがない。
 端から見ている分には只の無為無策に生きる皮肉屋、口先だけの論説家と何も変わりはないように思えた。

 が。

 いつからか、こう、思うようになった。
 彼は、探しているのではないか、と。
 なにをかと問われると返答に困る。が、確かに彼は何かを模索しているように思えた。


「行くのか」

 壬生が鬼哭村を発つ日、また、龍斗はふらりと壬生の前に姿を現した。 
 待ち伏せていたとも思えない。が、全くの偶然とも信じがたい。
 このようなことは考えるだけ無駄と言うことを壬生は経験で学んでいる。
 だからよけいな詮索はせず、答だけを述べる。

「ああ、行く」
「幕府軍に、勝ち目はないぞ」
「柳生と闘うために富士まで乗り込んだ者の言葉とも思えないな」
「あの時は、勝つ自信があった。
 が、今度の幕府軍には、すでに時の利はない。只の前時代の遺物だ。
 遅かれ早かれ姿を消すことは目に見えている。
 それとも、もしや奇跡を信じているわけでもあるまい」
「まさか」

「……龍斗。
 以前俺は強くあるための意味をお前に問われ、答えることが出来なかった。
 ただ村正の傀儡だといわれても、返す言葉を持たなかった。
 しかし、今なら分かる。
 俺が強さを求めることに、意味など無いのだ。
 俺が俺自身で居るために、強さを求めている、ただそれだけなのだ。
 そして、村正を手放すことがないのも、おそらく、ただ、より強くありたいからだ」
 それが真の強さなのかどうか、そんなことは、どうでもいい。

 いつになく能弁に話す壬生に、龍斗は口を挟まず黙って両腕を組んだ姿勢のままで聞いていた。
 長い間抱え込んでいた自分自身に対する答を、ゆっくりと壬生は吐露していく。

「それが、俺自身が最も楽でいられる自然の形なのだと思う。
 幕府軍に参入するのも同じだ。
 それが、俺自身の行くところだと思ったからだ。
 どれだけ端から見て愚かな行為でも、矛盾があっても、俺が俺でいるためには必要な事なのだと、最近分かった」
「つまり、傀儡ではなく只の愚か者だと」
「否定はしない」

 龍斗が、一つ、息を吐く。

「しかし……不器用で愚かではあるが、
 自分自身の答を手にしている分随分とましな人間ではあるな。
 わかった。傀儡呼ばわりしたことは取り消そう」

 そう言うと、龍斗は空に目を遣った。
 薄く細い雲がたなびいている。青い空がいっそう高く見える上天気である。


「いい天気だ。
 旅立ちには丁度良い。…………」



 明治二年五月十一日。
 土方が率いる少数の手勢が弁天台場救出の為、五稜郭から出陣。
 奮戦はするが土方は銃弾を受け即死。 
 同月十五日。
 弁天台場、新撰組と共に降伏。
 同月十八日。
 五稜郭陥落。蝦夷共和国消滅。

 土方と共にあった新撰組最強の名を冠した男、壬生霜葉の消息は杳として知れない。





「…………また会おう、霜葉。」






あとがき

私が描く野郎同士のSSなんてこんなものです。堅い堅い。
(っつーか龍斗ほとんど出番がない)
ちなみに相馬主計(かずえ)は新撰組最後の隊長。
さりげなく矛盾と嘘と史実がないまぜです。

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