夕刻より降り始めた雪はやむことなく静かに降り続けている。 「明日は、積もるかな……」 そんなことを考えながら、龍麻は今度こそ家路をたどっていた。 はきなれないスカートが歩きにくい。 マンションにたどりつき、エレベーターに乗る。 龍麻はひとつ、ため息をついた。 なんだかこんな着慣れない格好をしている自分がひどく滑稽に感じる。 早く部屋に戻って、いつもの服に着替えよう。そして、ゆっくりと眠っていつもの自分に戻ろう。 そんなことを考えながら、エレベーターから降りる。 そして、息を呑んだ。 「よ、お帰り、ひーちゃん」 「……京、一…………?」 愛用の木刀を抱きかかえるようにして、龍麻の部屋の前に京一が座り込んでいた。 もう、どれくらい待っていたのだろうか。 「あ〜、寒い。家帰るって言ってたのにどこ行ってたんだよひーちゃん」 「京一こそ、なんで僕の部屋に?」 いつも通りに話そうとしたが、自信がない。 僕は、笑えているのだろうか? 不自然じゃないだろうか? 口の中が乾いて、上手く言葉がでない。 「その……ひーちゃん。」 立ち上がり、京一は少し口ごもった。 ここに来るまでに、龍麻が帰ってくるのを待っている間に、ずっと考えていた言葉。 さっきまではきちんとまとまっていたような気がするのに、いざとなると何から言っていいのかが分からない。 「さっきの、話の続きをしたくてよ」 「……冗談だっていっただろう? 蒸し返すなよ」 即座に返答してから、まずいと思った。 『さっきの話』と言っただけなのにすぐに過剰反応してしまっては、冗談ではなかったと言っているも同然だ。 あの時は感情を隠せたのに、再び向き合っていると心が剥き出しになっているような感覚が走る。 京一の目を、直視できない。 「冗談でも何でもかまわねえんだ。 ……ただ、俺は、ひーちゃんが好きだって。それだけは言っておこうってな」 「…………!」 「こないだ、ひーちゃんが倒れたとき、俺はすげー怖かった。 ヤバいかも知れねぇって言われて、緊急治療室の『手術中』のあかりがずっと消えねぇで。 もう、ひーちゃんに会えねえのかとか、不吉なことばっか頭に浮かんだ。 ……だから、ひーちゃんが初めて目を覚まして、俺の名前を呼んだとき、今なら死んでもいいってくらい嬉しかった。この手をもう離したくねえ、って」 再び戻ったその手のぬくもりを、うっすらと開いたその目を、いつもと同じその呼び方も、全てを心から愛しいと思った。 「……京一……」 目の前が真っ暗になってからはほとんど何も覚えていない。 ただ、自分の名前を呼ぶ京一の声が聞こえたような気がした。 そして、意識が戻ったときに一番初めに視界に入ったのは京一だった。それを見ただけで何故かとても安心した。 意識を手放す前と同じ、戦闘で少し汚れた制服のままで、京一はそこにいた。 だから、はじめは意識がなかったのはほんの少しの間だったのかと錯覚までしたのだ。 本当はずっと側にいてくれたのに。 ずっと、自分を護っていてくれたのに。 龍麻は、そっと京一の手を取った。 「冷たい……。京一、どれくらいここにいた?」 「え? 時計なんか見てねぇからよくわからねぇよ」 龍麻に手をとられて少し動揺しながら京一は答えた。 不意に、龍麻の顔が歪む。 「ごめん……。ごめん、京一」 「ひ、ひーちゃん? これはただおれが勝手に……」 京一は激しく動揺した。 龍麻が泣くなんて事はこれまでなかったから。 感情を曝け出すこと自体が少ない龍麻が、今完全に自分の前で無防備になっている。 「違う……。僕は臆病で逃げてばかりだったのに、京一はちゃんと向き合ってくれた。 この手を、離したくないのは僕の方だ……」 そう言うと、龍麻は京一にすがりつき、しゃくり上げた。 服も冷たく冷えきっていた。 少し戸惑い、しかし、嬉しそうに京一は 龍麻の髪にそっと手を触れた。 「メリー・クリスマス……」 …………翌日京一が激しい風邪と、飛水流奥義・瀧遡刃、龍牙咆哮蹴、五光狂幻殺、四角四堺・鬼邪滅殺を一度に食らって寝込んだのは、ただの後日談である。 -----happy birthday!----- |