「なんだ龍、こんな所にいたのか」 九角の言葉に龍斗は目礼だけを返した。 鬼哭村の、双羅山である。 山の中のこの一角は鬼哭村が一目で見渡すことができる九角の気に入りの場所だった。 一人になりたいときは、たびたびここを訪れる。 「……まずかったか?」 「?」 「確か、以前一人になりたいときにここに来る、と言っていなかったか。 俺がたびたび来るから、一人になれない」 「……そうだな……」 確かに、いつもここに来るときは一人で静かに何かを考えたい時や、 単純に一人になりたいときだ。 しかし、今こうして龍斗と話をしていて、二人でいて、 あえて一人になりたいとは思わない自分がいるのも事実だ。 「かまわん。だいたい先にここに来ていたのはお前だろう。気を使うな」 「すまない」 「……ここから、鬼哭村を見ていたんだ」 そう言うと、龍斗は目線を九角から鬼哭村の方にやった。 おそらく、九角がここに来るまでそうだったように。 「この村は、いいところだ。よそ者の俺でもそう感じる。 この村の人たちこそが、本当に生きている、という感じがする。 ……俺は、この村を、この村の人たちを、護っていきたい」 「……そうだな」 九角もしばらく、同じように鬼哭村を眺めていた。 自分がそこにありたいと思い、また求められている場所。 それがある自分は幸せなのかも知れないと、思う。 これを護るために、自分たちは闘っている。 今の戦いが終われば、奴を倒せば平和が村に訪れるのか、それはわからない。 ただ自分たちは闘うだけだ。 「龍は、ここに来るまでは何をしていた?」 少し驚いたように龍斗は九角の方を向き、少し皮肉な笑顔を浮かべた。 「……ここでは素性を尋ねない。そう、前に言わなかったか?」 「ああ、そうだ。 ここに来る者はみな臑に傷もつ身。詮索することもない。確かにそう言った。 ……だがそれは鬼哭村の掟だ。 俺は今、鬼哭村九角家の当主として鬼道衆のお前に問うたのではなく、 個人、九角天戒として友人のお前に問うたのだ。……気に障ったなら、謝る」 自分の過去を全く話そうとはしない龍斗。 復讐を語る自分たちに時折哀しそうな目を向け、しかし責めようとはしない。 もし、自分たちのように何か辛い荷を負っているのなら、 それを分かち合ってやりたいと思った 犯した罪があるのなら、それごと受け止めてやりたいと思った。 鬼道衆の他の部下や、村人達に対する『御館様』としての庇護ではなく、 共有できる、個人として。 しばらく、無言で鬼哭村の方を見つめたままだった龍斗だったが、 数刻のち、ぽつりとつぶやいた。 「……そうだな……お前にならいずれ、話せるかもしれない………」 目線は、村の方を向いたままで。 戻る |