冗談めかして振ったバレンタインの話題。 「ねえ、バレンタインにチョコ、欲しい?」 だけど・・・・・・。 「ああもうっ!」 藤咲は目覚ましめがけて枕を投げつけた。 当然それで止まるはずもなくけたたましくベルは鳴り続ける。 のそのそと起きあがり、机の上に置いてある目覚ましを止める。 ・・・らしくない。 藤咲は寝起きがいい方で目覚ましも鳴り出す前に大抵目が覚めるタイプだ。しかし、今日に限って頭も冴えることが無く、起きだして階下に行く気にもなれない。 原因は分かりきっている。−−−あれだ。 机の上、先ほど止めた目覚まし時計のすぐ横にある包みに目線をやり、藤咲は憮然とした。再び腹立たしさがよみがえってくる。 「いや、何も要らない。」 あの時龍麻はこういったのだ。あまりにもはっきりとした拒絶。 「人の気も知らないで……」 腹立たしさの後に巡ってきた寂しさと虚しさに溜息を吐く。 本当はすでに用意してあったチョコレート。 しかし拒絶をされてしまった今では渡すこともままならず、さりとて捨てる気にも自分で片づけてしまう気にもなれない。 一応服を着替えたものの、今日は一日フテ寝を決め込むことに決めて藤咲は再びベッドに座り込んだ。 学校や街で幸せそうなカップルを見るのも辛い。 いつも艶っぽい格好をして、挑発的な言葉を吐く。 だけど。 自信なんか無い。あの人に、龍麻に自分はどう思われているのか、いつも不安で脅えている。 先に拒絶の言葉を聞かなくても、はたして自分にチョコレートを渡す度胸があったのかどうか。 渡せたとしてもいつものように冗談紛れになってしまったのかもしれない。 どれくらい経ったのだろうか。 チャイムの音で我に返った。 来客だ。 無視しようかとも思ったがこのまま鳴るチャイムを聞くのも不快だ。 大儀そうに起きあがり、玄関に向かう。 「はい、どなた?」 不機嫌だと明らかに分かるような声を出して玄関のドアを開けた藤咲は次の瞬間目を丸くした。 「……龍麻」 「学校まで行ったら今日は休みだって聞いたから。調子でも悪いのかと思ったけど……元気そうだな」 先日のことなど無かったかのようにいつも通りの龍麻。 「ちょっと、どうして龍麻があたしの学校に行ってるのよ」 藤咲の言葉に龍麻は少しむっつりとした表情になり、背後に持っていた物を黙って藤咲に差し出した。 少し小ぶりの、かすみ草の花束。ご丁寧に薔薇色のリボンまでしてある。 「…………どうして?」 「今日、誕生日だろ。 ……何にしようか考えたけど、京一が、花なら無難だって」 少し、目をそらしながら答える龍麻。相変わらずむっつりとした表情のまま。しかし、少し頬が赤い。 照れているのだと、やっと思い至った。 「……チョコレートはいらない、とかいったくせに」 「だって、自分の誕生日に人に何かあげるなんてつまらないじゃないか。誕生日は人に祝って貰ってこそだろ。……僕、何かおかしいこと言ったか?」 花束を両手で持ったまま、藤咲は笑いをこらえていた。 「信じられないわこの唐変木。人がどんな思いで……」 こらえきれずに笑い出す藤咲。 今日までの自分が馬鹿馬鹿しくて笑いが止まらない。 この人は、この花束を持ったまま新宿から墨田まで来たのだろうか。 さぞかし注目を浴びたことだろう。 さんざん笑われて憮然としていた龍麻だったが、藤咲の笑いの発作が収まると、少し微笑んだ。 「……誕生日、おめでとう」 -----happy birthday!----- 戻る |