胸の前で手を組み、一心に祈る。 けれど、迷いは晴れない。 「随分、熱心だね」 背後から掛けられた声に、ほのかは振り返った。 龍斗だ。 慌てて立ち上がり、裾についた埃を払う。 それを、龍斗はゆっくりと手で制す。 「いや、別にそんなに慌てなくても」 龍斗の言葉に、ほのかは赤面する。 声をかけられた瞬間に、見透かされたような気がしたのだ。 表面上熱心に祈っている自分の、心の迷いを。 「ご主人様」 ほのかの呼びかけに龍斗は顔だけを向け、言葉ではなく目で先を促す。 この呼び方には、はじめ閉口したが、ほのかが訂正するようになる前に、自分が慣れてしまった。 一つ、息をついてほのかは先の言葉を口に乗せる。 「神は、本当にいらっしゃるんでしょうか」 このところ、ずっと胸にわだかまっていた疑問。 神が居るのならば、神が自分たちを創りたもうたのならば、何故この世の中はこうもままならないのか。 「……随分と難しいことを、訊くね」 ほのかの言葉に、一瞬目を見開いた龍斗は、少し苦笑した。 そして辺りを見回して、少し声の調子を落とす。 「御神槌には、言っちゃいけないよ?」 頷いた。 ほのかだって、そんなことを彼に言うつもりはない。 「ひょっとしたら、ほのかはこう思っているんじゃないかな。 神がいるんならどうして不幸な人が沢山いるのかって。 篤く神を信じていても救われない人が居るのかって。 ……どうして今この世の中がこんなになってしまっているのか、って」 ほのかは黙って頷く。 闇に包まれた世界。 思うままに生きられぬ人々。 罪を犯し、その罪におぼれてしまう人。 「俺は、ほのかや御神槌とは違うから、信仰が深くないから言えるのかも知れないけど、 神ってのはそういうものじゃないんじゃないかな。そんな直接的なものじゃなくてさ」 「どういう……ことでしょうか」 「うーん……やっぱ口で説明するのは、難しいなぁ。 導、みたいなものかな」 「しるべ?」 ひとつ、ひとつゆっくりと考えながら、龍斗は言葉を紡ぎだしてくれる。 「自分で出来ることは、自分でやる。 けどどうしても自分だけの力や考えではどうにもしようがないって事は、あるだろ。 そういうときに頼る相手のことを、人は神って言うんじゃないかな。 頼るだけじゃない。 何か嬉しいことがあって、それを感謝する相手が居ないとき、心に神を思う」 「ずいぶん、あやふやなものですね」 「何か悪いことをするときに、心の中で、本当に良いのか、と思うもう一つの気持ち、 とか、そういうのを、俺は神じゃないかと思うんだ」 「じゃあ、やはり神は、いらっしゃらない……と言うことですか?」 「いや、そうじゃない。 心の持ちようだろ。 何をやっても呵責を感じない人には、神は心に見えないってこと。 ただ、……与えてくれるものでは、無いだろうね」 その龍斗の言葉に、ほのかは俯いた。 「そうですね……私は、甘えていました。 ただ、与えてくれるのを、待っていたんですね」 ただ、救いを求めるものではなく。 神は、心を救ってくれても、何かをはっきりと示してくれるものではない。 「だから、俺達は闘ってるんだよ。 神に出来ないことを、誰かを護ることを。 大丈夫。ほのかは甘えっぱなしではないから。 ちゃんと前に進んでいるんだから」 一緒に、頑張ろう。 そういうと、龍斗はほのかの頭に手を置いた。 迷ったときに、導となってくれる人。 惑ったときに、背中を押してくれる人。 私の神を姿に現したならば、それは、貴方になるのかも知れない。 戻る |