嵐王の工房。 何をしているのかは分からないが忙しく立ち働く嵐王をぼーっと火邑はもう半刻ほど眺めている。 しびれを切らしたのは嵐王だった。 「……火邑、用があるなら言え。気が散ってかなわん」 「うん……なあ、嵐王……」 「なんだ」 「うん……」 口ごもる。 いつも考える間もなく口から出ているような印象を受けるこの男にしては珍しいことだ。 「アンタが造ってくれたこの腕、戦闘には確かに役に立つ。元々の腕よりも俺は気に入っていた。 いや、今だって満足している。最高の腕だと思っている。だが、な……」 「……龍斗殿と、何かあったか」 「何で分かるんだ?」 わからいでか。 緋勇龍斗が此処に来てから、誰かに何か変化が訪れたとしたらたいがいそれは龍斗に起因している。 「昨日、滝に行ったら、たーたんがいてよ」 「……たーたん……」 「うるせぇな」 めったに行くことのない那智滝に火邑が向かったのは、何か予感があったからなのだろうか。 そこには先客が一人いた。龍斗だ。 「お、たーたんじゃねえか」 いつものように軽く声をかけた火邑だったが、対照的に龍斗は暗い表情だった。 「……火邑か……」 これには面食らった。 こんな様子の龍斗は今まで見たことがなかったからだ。 「おい、何か、……何かあったのか?」 狼狽して尋ねた火邑だったがその後さらに狼狽した。 火邑の言葉を聞いた途端、龍斗の眼から涙がこぼれたのだ。 まさに、突然。 「……悪い。驚かせてしまったな。……日は少し、おかしいみたいだ……」 おかしいどころの騒ぎではなかった。 黙って泣いている龍斗がいつもより一回りも二回りも小さく見えた。 何かしてやりたい、力になってやりたいと思った。 そこで、はじめて自分の手に目をやった。 鋭い鉄爪の付いた、腕。 この手では、龍斗の背をなでてやることもできない。涙をぬぐってやることもできない。 ただ泣いている龍斗の側で、自分は何もできなかったのだ。 「…………ぷ」 「てめえ、人が真面目にはなしてんのにっ!」 「いや、笑ってなどいないぞ?」 「いーや、確かに笑った!」 「いやはや、お主もそう言うことを考えられるようになったのだな、と」 さっと取り繕う。 仮面をしているのでもう表情は分からない。 「馬鹿にしてんのか?」 「いやいや。 ただ、まだまだだな。 自分がしてやりたいことは必ずしも相手が望んでいることとは限らぬ。 龍斗殿がお主に求めておるのは、…………いや、やはり止めておこう」 「なんでだよ」 「馬鹿馬鹿しくなった」 「なんだよそりゃ」 火邑が嵐王を問いつめようとしたところで工房の扉が開いて人が入ってきた。 「嵐王、式神創成についてなんだけど……あれ? 火邑もいるのか」 噂の人である。 「たーたんっ! ひょっとして今の話、聞いて……」 思わず知らず赤くなる火邑だったが龍斗は気が付かない。 「? 何か話していたのか? あ、そうだ。火邑に礼を言いたかったんだ。昨日はありがとう」 「は? 礼?」 「昨日……ずっと側に付いていてくれただろう。何も言わないで。 あれで、ずいぶん楽になった。助かったよ。ありがとう」 「ほおお。火邑が、な」 仮面をしてはいるが、にやにやしているのであろう事は簡単に推察できる。 苦虫をかみつぶしたような顔になる火邑だったが、不思議と気分は悪くなかった。 どうやら、自分にも出来ることはあったらしい。 〜終〜 戻る |