何かが、おかしい。 心の中で何かがそう叫んでいる。 違う。 違う。 違う。 違う違うちがうちがうチガウチガウチガウ…………。 「事故の後遺症で記憶がまだ混乱しているそうです」 事故? なんの? しかし言葉は出ない。 声を出していた自分を確かに知っている筈なのに、何かにせき止められているかのように、声は出てこない。 転校生。 そうだ、確かに自分は東京に越してきたのだ。 では、なぜ、こんなにもこの風景が自分に馴染んでいるのだろう。 身体に軽い衝撃を覚え、我に返る。 いつの間にか深い考えに落ち込んでしまっていたらしい。 少女が自分にぶつかった勢いで転んでしまっている。 手を貸すと、少女は少しはにかんだ。 が、次の瞬間驚きの表情になる。 「え? ……あの、どこか、強くぶつけてしまいましたか?」 慌てて首を横に振った、が。 自分でも、驚いた。 涙を流している。 そっと右手で自分の頬に触れた。確かに涙だ。 分からない。 何かの感情が自分を支配している。 「あの……、どこかで会ったこと、ありましたっけ?」 少女が聞く。 どこかで、会った? わからない。 少女は比良坂と名乗った。 聞き覚えがあるような気もするし、全く聞いたことがないような気もする。 ただ。 彼女に会ってから、只でさえ不安定な精神がさらに異常をきたしている。 校門の前に、一人少女が待っていた。比良坂だ。 「あ、突然すいません。……少し、つきあっていただけませんか?」 彼女に会う度に心が乱れる。 だけど、遠ざけてしまいたくない。 心の中で、何かの声が聞こえる。 コンドハマチガエテハイケナイ コンドハソノテヲハナシテハイケナイ 今度? 意味が分からない。 他愛のない話をしながら比良坂と水族館に行った。 水族館を出た後に公園で少し休憩をする。 「私、看護婦さんになりたいんです」 良くある女の子の夢のひとつだ。 なのに、何故その言葉が妙に切ない響きに聞こえてしまうのだろう? 彼女は屈託なく話しているのに。 胸の奥の扉が開こうとしている。 それを留めようとしている力を感じる。 しかし、扉はゆっくりと開きはじめている。 オモイダセ。 オモイダシテハイケナイ。 イマノヘイオンヲウシナウナ タイセツナモノヲウシナウナ 二つの相反する言葉。 平和で平穏でのどかな今。 ・・・それが、何かおかしいのか? あたりまえではないのか? 自分の中で獣が暴れ狂っている。 そんな自分には気が付かず、比良坂は話を続ける。 ふいに、こちらを向いて比良坂が言った。 「緋勇さんは、……奇跡を信じますか?」 扉が、開いた。 そうだ。 そうだ。 僕は、僕は、僕は。 君をこの手に取り戻すために此処にいるんだ。 もう二度と失わないために。 君にもう一度会う。その為だけに。 〜FIN〜 戻る |