「花見も満足にできねぇとは、百合ちゃんも人使いが荒いぜ。」 そう、飛鳥山を歩きながら京梧がぼやく。 桜の盛りは既に終わっている。 葉桜と化しつつある王子に彼らが訪れたのは久しぶりの休暇のことであった。 お葉のことで意気消沈していた京梧にとっては偶然とはいえよい気晴らしである。 休みのときくらいは個人行動をさせろ、と言う龍斗の意見は当然の如く封殺されて引き連れられている。 「どうせ花見ったって桜そっちのけで岡場所直行の癖に。」 「なんだと? てめぇだって食いもんの屋台優先だろうが。」 五十歩百歩の言い争いをする京梧と小鈴の姿に雄慶が溜息をつく。 「いいか蓬莱寺、無欲なれば充足なる。 全ての不満や不安などの苦痛は自らの欲から生じる。 無欲こそが穏やかなる人生を過ごすための……」 「あー、またクソ坊主の説教かよ。 んなもん聞きたかねぇんだよ。」 「なんだと? 貴様、今日こそはその腐った性根を叩きなおしてくれる!」 これもまた、日常の風景である。 それを見て藍が楽しげに微笑んでいる。 まったく、いつもと同じ事をするのならばわざわざ遠出する必要も無い。 そう思いつつ龍斗は嘆息する。 と、その鼻先に水が当たった。 雨だ。 「あ、木陰に移らなきゃ。」 「さっきまであんなに晴れていたのに……。」 「狐の嫁入りと言うやつだ。」 聞きなれぬ声に視線をやると、木陰にはいつからいたのか一人の若い男がいた。 「農耕神の使いである狐は婚礼の先触れに雨を降らせると言う……。」 「…貴方は?」 藍の質問には答えず、男は黙って藍達の背後を指差した。 そちらを向くと、早くも雨は止み始めている。 「狐が通り過ぎていったのかな…。」 「ん? あいつもういねぇぞ。」 彼らが雨に視線を向けた隙に、男の姿は消えていた。 次頁へ 戻る SS総合入り口へ戻る |