龍山がついにその重い口を開こうとしたときに、押しとどめてしまったのは、他ならぬ龍麻自身だった。 「すいません。少し……少し、待ってください」 そんなことを言うつもりはなかった。 しかし、龍山の口が開いて、自分の事について話すのが、耐えきれないほどに恐ろしかった。 「あ、おい、ひーちゃん!」 返事も聞かず、仲間の呼びかけに答えることもなく龍山の屋敷を走り出る。 吐き気がこみ上げてきた。 自分が、こんなに、弱いとは思わなかった。 恐ろしい。 怖い。 怖い、怖い、怖い……! 「あれ? 師匠じゃねぇか」 背後から掛けられた声に振り返る。 いつのまにか当てもなく駆けていた事に、初めて気が付く。 声を掛けてきたのは、紅井だ。 珍しく一人である。 「……なんか、顔色悪いぜ? 大丈夫か?」 心配そうな紅井の顔を見て、はっと、我に返る。 「…………」 その場にへたりこむ。 「おい? どうしたんだ、師匠?」 紅井も腰を落としてへたりこんだ龍麻に視線を合わせる。 「……逃げ出してしまった……」 「え?」 「……龍山先生が、僕の両親と宿星について、話すと言ったんだ。 だけど、僕は怖くて、逃げ出してしまった。 みんなを置いて。…………最低だな……」 「そりゃあ、ダメだな」 あっさり、肯定された。 「…………」 確かにその通りなのだがこうあっさりと肯定されるとそれはそれで複雑である。 「いいか? 師匠。 怖いのは当然だ。わかんねぇ事は誰でもこわい。逃げたくなるのも分かる。 けどな。 逃げることだけはしちゃダメだ。 何でもかんでも逃げちまえばカンタンだけど、それだけはダメだ」 「……そうだな」 どこかで、自分を甘やかしていた。 逃げてもいい。許してもらえる。お前は可哀想な子だ。 そんなふうに。 「大丈夫だって、まだ。 真神のやつらだってわかってるから。 何を知ったって、奴ら師匠を見放したりしねぇから。 俺っちだって、正義の味方は弱いもんの味方だからな!」 紅井の最後のセリフに龍麻は苦笑した。 やっと笑顔を見せた龍麻に紅井は内心ほっとする。 「僕を弱者扱いするなんて、紅井くらいだよ」 「そうか? いまの師匠は誰が見たって弱いと思うぞ?」 龍麻の顔をのぞき込む。 「それとな、ここは間違えちゃいけないぜ? 誰かに頼ることは、逃げるってのとは違うって事。 頼る誰かがいるって事は、前に向くことが出来るって事だからな」 「……うん」 「さ、龍山じいさんの所に戻って、みんなに謝ってこい。 俺っちもついてってやるからよ。……一人で戻るよりは、気楽だろ?」 「…………うん」 もう、一歩も前に進まない、そう思っていた足が、ゆっくりと進んでいく。 まだ、逃げ出すには、早すぎる。 〜FIN〜 戻る |