「あれ? 師匠じゃねぇか」 背後から掛けられた声に振り返る。 声を掛けてきたのは、紅井だ。 珍しく一人である。 どうやら部活の帰りらしい。 「……なんか、顔色悪いぜ? 大丈夫か?」 紅井の顔を見た途端に急激に疲れが龍麻を襲う。 初めて自覚する疲れ。 こんなに自分は疲れ切っていたのか、と他人事のように思う。 「とりあえず、そこに座ってろよ」 言われたとおりにシャッターの閉まったままの店先に座り込む。 そばにあった自動販売機で紅井が缶飲料を買って龍麻に渡す。 冷たさが心地よい。 「……すこし、愚痴ってもいいかな」 「ん? ああ、かまわねぇよ」 龍麻の隣に大きな鞄をおろして、紅井も座る。 もう日も暮れかかっている。街も、人も、オレンジ色に染まる。 家路を急ぐ人々は街角に座っている高校生二人組など気にも掛けない。 「急に色々な事を知りすぎて、混乱しているんだ。 僕の父さんは、中国で『凶星の者』を封じ込めるために死んだらしい。 で、復活した奴と闘うのが僕の宿星だって、そんな話だった。 明日も過去を知っている人の所に話を聞きに行く。 宿星って、何だ? そんなものに縛られているのなら、僕は何なんだ? 『凶星の者』が復活したんだったら僕の父さんは犬死にじゃないか。 それも、宿星だって言うのか? ……もう、疲れたんだ……宿星の操り人形に…………」 紅井は、ひとつ息を吐く。 龍麻がこんなに荒れているのは珍しい。 「まあ、いろいろあるわな。 じーさんたちは師匠にその親父さんを重ねてるわけだ。 けど、師匠は師匠だ。 いいか? 師匠。 逃げたくなるのも分かる。 けどな。 逃げることだけはしちゃダメだ。 何でもかんでも逃げちまえばカンタンだけど、それだけはだめだ」 「……そうだ、な」 どこかで、自分を甘やかしていた。 お前は可哀想な子だ。 そんなふうに言ってもらいたかったのかもしれない。 緩い同情に浸りたがっていたのかも知れない弱い自分をあっさり紅井は突き放した。 「俺っちは宿星なんてものはわからねぇし、わかろうとも思わねえ。 ただ俺っちは正義の味方だから、みんなを護るために闘いたい。それだけだ。 親父さんだってそうだろう。そのとき出来ることだったからやったんだし、だからいままで平和だったんだろ? 師匠は? 違うのか? 誰かに言われたから、それともただ巻き込まれたから、そうやって闘ってんのか?」 違う。 護りたい人が居るから、護りたい場所があるから、失いたくないから闘っているんだ。 見失いかけていた、単純な、純粋な動機。 ゆっくりと立ち上がる。 「ごめん、紅井。らしくなかったな。 もう大丈夫だから。……もう、迷わない。逃げない」 紅井も腰を上げると制服に付いた汚れをはたき落とし、龍麻に向き直ってにやっと笑う。 「あとな、ここは間違えちゃいけないぜ? 誰かに頼ることは、逃げるってのとは違うって事。 頼る誰かがいるって事は、前を向くことが出来るって事だからな」 龍麻の顔に笑みがこぼれる。 「また、迷いそうになったときは、頼っても、いいかな?」 「おうっ! 大歓迎だぜ!」 迷っても、疲れても。 頼らせてくれる誰かがいるなら、まだ逃げなくてすむ。 〜FIN〜 |