「龍、行くぞ。」
 掛けられた声に応えて立ち上がろうとする。
 が、立ちくらみ。世界が回る。
 目の前が暗くなる。

 あ、まずい。

 そう思うと同時に龍斗は意識を手放した・・・。

そんな訳で「病気の龍斗」




●九角天戒●

ひやりとした感覚に、目を覚ます。

ゆっくりと、目を開くと、そこにいたのは九角。

「ああ、具合はどうだ?」
額には水で冷やした手ぬぐいがのせられている。

「……これは、九角が?」
「ああ、滝まで行って汲んできた水だから冷たいだろう。
 そうだ、すこし調子が戻ったなら少し何か口にした方がいい。いま粥を作ってくる」

「……それも、九角が?」
「なんだ、おかしいか?」


九角が部屋を出ていくと、龍斗はひとりくすくすと笑った。
たまには、病気になるのも悪くない。



○桔梗○

襖が開く音。

「たーさん、具合はどうだい?」
桔梗の声。

やがて、額に少し冷たい手の感触。

「……まだ、熱は下がらないみたいだねぇ……」

手が、離れる。
とっさにその離れた手をつかむ。


「どうかしたのかい? たーさん」
「…いや……。なんとなく」

「病気になった途端に子供みたいだねぇ」
 少し呆れたように笑いながら、
それでも桔梗は龍斗の傍らで、その手を握っていてくれた。



●九桐尚雲●

龍斗の額に新しく濡らした手ぬぐいを置くと、
九桐は龍斗が目を覚まさないように気を使いながら、部屋を出た。
襖を閉め、息を吐く。

たった一人、
それもたかが風邪で寝込んでいるだけで、
屋敷は水を打ったように静かに感じる。

そのたった一人は、新参者であるのに。もともと他所者であるのに。

「全く、いつの間にか師匠は俺達にとって、絶対必要な存在になってしまったようだな」

そう、ひとりごちると九桐はしめたばかりの襖の方を見る。
襖の向こうで眠っている、龍斗の方を。


「早く、元気になって俺達の日常を取り戻してくれよ?」



●風祭澳継●

「おいっ! ……なんだまだ寝てるのか。体を壊すなんて自分の責任だろうが」

いきなり乱暴に襖を開けたかと思うと、悪態を付きながら粥を龍斗の枕元におく。

「ほら、粥だ。食えっ! ったくなんで俺がこんな事を……」
「ああ、ありがとう」
あっさりと礼を言う龍斗に少し風祭は顔をしかめる。 
「……気持ち悪ぃな。御屋形に言われなきゃこんなことしねぇよ」

「うん」
「あーっ! だからその態度が気持ち悪ぃってんだよ!
 とっとと元気になりやがれ! ……俺が、迷惑だからなっ!」



●御神槌●

「龍斗さん、起きて下さい」
「……ん……」
 ゆっくりと、龍斗が目を開く。

「食事を、お持ちしました」
「……悪い、食欲がない……」
「そうだとは思いましたが何も口にしないのは却ってよくありません。
 汁物だけでも、どうぞ」

 そういって椀を差し出す御神槌に龍斗は逆らうことなくそれを受け取った。

「……今日は、皆にも、迷惑を掛けてしまったな……」
「気にすることはないですよ、皆貴方が元気になってくれる方が重要ですから」

 そんな言葉を返しながら、御神槌は少しおかしく思う。
 いつもはこんな事を言うのは、こんな言葉を返されるのは、自分だ。

 立場が逆になって、初めて思う。
 そうだ、大切なのは、すまなく思うことではなく、自分が元気になること。
 少なくとも、そうなろうと思うこと。



●弥勒万斎●

「後のことは気にせず、今はゆっくりと眠ることだ」
弥勒のその言葉を聞いのを最後に、龍斗はそのままゆっくりと睡魔に捕われていった。

しばらくして、ゆっくりと目を開く。

弥勒が両足と左手を使って器用に濡らした手ぬぐいを絞っているのが見える。
やがて、こちらにきて手ぬぐいを龍斗の額にのせる。

「ん、目を覚ましてしまったのか」
「ひょっとして……ずっと、側にいたのか?」

龍斗の言葉に、弥勒は少し笑う。
日はもう落ちかけている。眠る前は昼前だったはずだ。


「これだけ長い間寝顔を拝ませて貰う機会はめったにないからな」
「……弥勒、お前は…………」


顔を背けて目をつむる。

熱が、また上がってきたようだ。



●奈涸●

「薬を持ってきた」
「ああ、すまない」

起きあがろうとした龍麻の背を軽く支え、薬湯の入った湯飲みを口元にやる。
ゆっくりと、龍斗がそれを飲み干す。

薬を飲み終わった龍斗を再び寝かすと、掛け布団をかけ直す。

「迷惑を、かけてるな。すまない」

龍斗の言葉に、奈涸は心外という表情を浮かべる。

「何を言っている。
 そう思うのなら、早く元気になることだ。
 ……しかし、こうやって君が人に頼りきりというのは珍しくてそれも良いがね」

「ああ。……そうだな。私も初めてだ」



●壬生霜葉●

目を開く。
視界に入る人。
本物か、それとも熱が導き出した陽炎か、確かめるために声を掛ける。

「……壬生」
「ああ、どうだ? 具合は。何かいるか?」

壬生の言葉にゆっくりとかぶりを振る。
そこで、ふ、と気が付く。


「あれ……壬生。村正は……?」


いつも肌身はなさずその背に負っている刀が、ない。
龍斗の言葉に壬生は苦笑した。

「自分の具合が悪いときに妙なことを気にするものだ。
 刀は……置いてきた。
 あのような妖刀を病人の側に置いて置くわけには行かないからな」

「いいのか?」
「ああ、かまわない。
 君の方が、俺にとっては大切だ」



●們天丸●

「よぉ、どうや、調子は」
「帰れ」

部屋に入ってきていきなりの龍斗の台詞に們天丸は顔をしかめた。

「なんや、冷たいなぁ。せっかく見舞いに来たのにその態度はないんとちゃうか?」
「体力が弱っているときにお前を部屋に入れる危険は侵したくない」

「うっわー、わいそんな風に見られてる? 心外やわぁ。
 純粋に心配してきてるって言うのに」
「う……そうか……すまない」

存外素直に謝罪した龍斗に們天丸は満足そうに頷いた。


「で、風邪は人にうつすと治るって知っとる?」


「……們天丸」
「ん?」
「お前、やっぱ帰れ」



○雹○

「ほぉ、本当に弱っておるわ」

縁側口から中を覗き込んで、開口一番これだ。

「……珍しいか」
「おお、珍しい。
 そなたがそんな風な姿なのは初めて見たぞえ」

多少嫌味に笑うと雹は早々に姿を消した。

「まったく、あのお嬢さんは……。ん?」

よく見ると、縁側に何かある。近づいて手に取ってみると、一包みの薬。

そう言えば、雹が自分の意志であの屋形を出ることは非常に珍しい。
苦笑すると、龍斗は薬をそのまま懐にしまった。
……飲んでしまうのはもったいない。



●泰山●

戸口をそっと開けて、中をうかがい見る。
どうやら、眠っているようだ。

「なあ、おいちゃん、遊んでよ」
「泰山のおじちゃん、何してるの〜?」

泰山の姿を見つけて喜び勇んで声を掛けてきた子供達に
あわてて泰山は人差し指を口に当てる。
「しーっ!
 龍斗が、寝てるがらな。騒いじゃなんねぞ」
「龍斗兄ちゃん、びょうき?」
「つまんなーい」

「しーっ!
 おでが、あそんでやるがら、あっぢにいご」

慌てて子供達を連れてその場を去る。


布団の中で、龍斗が声を殺して笑っていたことは、知らない。



●火邑●

「おーっ! たーたん、元気か?」
どたばたというけたたましい足音が聞こえたかと思うと襖が乱暴に全開され、火邑が姿を現す。

「……元気なわけないだろうが……風邪ひいて寝込んでるのに…………」
「おっ、まだ調子もどらねぇのか。だらしねぇなあ」

快活に笑い飛ばすとその場に腰を下ろす。

「ほれ、酒だ。
 弱ったときにはこれをやるに限るぜ!」
「卵酒でなく、濁酒かよ……」
「おう、卵酒なんてそんなたるいもん飲んでられるかってんだ。ほれ!」
「……飲むのはお前じゃなくて俺だろうが……」

それでも素直に飲んでしまって酔っぱらう龍斗。
回復が早まったのかどうかは、不明。 



●クリス●

「クリス」
「なんだい? 龍斗」

掛けられた声に、傍らにいたクリスがこちらを向く。


「……クリス」
「此処に、いるよ?」

再び掛けた言葉に、優しく微笑むと龍斗の髪をなでる。

満足そうに微笑むと、龍斗は再び眠りにつく。



○比良坂○

「龍斗さん」
 少し朦朧とした意識の中、掛けられた言葉にそちらを向くと、
比良坂が部屋の入り口に立っている。

「……比良坂。
 誰が教えた? 心配を掛けたくないから口止めしていたのに……」

 龍斗の言葉に、比良坂は静かに微笑むと、枕元に座った。

「誰に言われなくても、わかります。
 この目が見えなくても、大切な人が、どうしているのかは、やっぱり、わかります」
「そうか……そうだな……」



○嵐王○

「龍斗殿」

掛けられた声と異臭で目が覚める。
薄目を開くとそこにいたのは嵐王。

「……この匂いは……?」
「私が作成した煎じ薬だ。これですぐに治るであろう」


異臭。


「俺、嵐王が薬学に精通してるなんて話聞いたことがないんだけど……」
「理論上は完璧のはずだ」
「拒否しても、いい?」
「却下する」

「なんか、すげぇその仮面の下が笑顔に思えるんだけど、実験台って事は無いか?」
「……………………そんなことはない」
「今の沈黙は何だぁっ!」
「いいから飲め!」
「いやだっていってんだろうがぁっ!」


まとめてあとがき(笑)

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