東京での最後の闘いが終わって、街は平穏を取り戻した。
学校も卒業し、皆は別々の道を歩んでいく。
そして、しばらくのち・・・。

と、いうわけで今回のテーマは「再会」。




○美里葵○

「ねえ、龍麻?」
「え? ……ああ、美里」

一瞬戸惑った後、笑顔で答える。

「うふふ、久しぶりね。ひょっとして私の顔、もう忘れてしまった?」
「いや、……ずいぶん綺麗になったから、見違えて」

龍麻の言葉に葵は少し赤くなり、顔を背ける。

「? どうかした?」
「ううん。……龍麻から、あの龍麻からそんな気の利いた言葉が聞ける日が来るなんて……」

さりげなく龍麻、ひどい言われようである。



●蓬莱寺京一●

「よっ! ひーちゃん、久しぶりぃっ!」

突然家に現れた京一に、龍麻は絶句した。
卒業と同時に中国へと旅立ち、以来全くの音信不通だったのだ。

「京一……?」
「おう、まさかひーちゃん、この真神一のイイオトコを忘れたなんて言うなよ?」

相変わらずの軽口である。
龍麻は一つ、溜息をつき苦笑した。

「本当に、唐突な奴だな……」
「ははは、そうか? なんせ今こっちに戻ってきたばっかだからな。
 一番にひーちゃんに会いたくてよ」

そこまで言うと、不意に京一は真顔になった。

「……待たせちまった、な」

軽く、首を横に振る。

「ちゃんと僕は、ここでみんなを護っていたよ。
 卒業式の時の、約束の通り。
 京一が向こうにいる間、ずっと……」

そして、言葉を紡ぐ。
ずっと、ずっと、もうずっと長い間、言いたくてしょうがなかった言葉を。

「おかえり、京一」



○桜井小蒔○

「はい、駐車違反ですよ、ここ」

あっちゃ〜、と龍麻は頭を抱えた。
一瞬停めたのが災いした。

しかも、この声は。
「…………小蒔……」
「あれ? ひーちゃん!」

相変わらず元気いっぱいといった感じである。

「久しぶり、ひーちゃん! 元気してる?」
「ああ、小蒔も相変わらず元気そうだね。その制服、似合ってる」
「へへ、そうかな。ありがとっ!」
「で、見逃しては……くれないよなぁ……」
「当然っ!」



●醍醐雄矢●

「よぉ、醍醐」
久方ぶりであるのに、まるで昨日会ったかのような口振りで龍麻は軽く右手を挙げた。

「龍麻。……どうしたんだ」
「ん? 別に。ただ、顔が見たくなったから」

かるく、笑う。
醍醐は少し眉を寄せると、軽く手を龍麻の頭にやった。

「すぐ退けさせてもらうから、少しそこで待っていてくれ」
「え? いいよ。本当に少し顔が見たかっただけだし」
「龍麻」
「……ん?」
「無理して……笑うな」

その言葉に、急に龍麻が俯く。
「ずっと会ってなかったのに、何も知らないはずなのに、
 ……どうして、醍醐には分かってしまうんだろうな……」

「たとえ何年会っていなくても、お前が落ち込んでいるときは一目で分かるよう、
 ……そうありたいと、俺は思うよ」



●雨紋雷人●

「すいません、『CROW』の雨紋さんですよね? サインいただけますかぁ?」
 いつもならば軽く聞き流すような言葉。
 しかし、はっきりと聞き覚えのあるこの声。

「龍麻サン!?」
「よ、久しぶりだな。雨紋」

 久しぶりに見る笑顔。

「今までどこに行ってたんだよ、龍麻サン!」
「まあ、いろいろと……。
 でもどこにいても、雨紋の声は聞けたから。寂しいときは、いつでも」

 相変わらずの、龍麻。
 雨紋は、手を伸ばすと龍麻を抱きすくめた。

「ちょ、ちょっとまて、雨紋! 人が見てる!」
「かまわねぇよ」
「僕がかまう! だいたいお前、有名人なんだろ、人気下がるぞ!」

 龍麻は抵抗しようとするが、雨紋は放そうとしない。
「このくらいのことで何かあるんだったらオレ様の実力もその程度だったって事だ。
 だいたい、オレ様はずっとアンタの声も聞けなかったし、顔も見られなかったんだから、
 これくらいは当然じゃないか?」 

「……雨紋、お前、性格変わった……」
「そうか? そうかもな。ずっと龍麻サンにほったらかしにされてたから、
少しひねくれたかもしれないな」


 そんなことよりも、今は、
 やっと再びつかんだこの手がもう一度離れてしまう事の方が怖い。



○高見沢舞子○

「こんにちは〜。今日はいかがいたしましたぁ? って、あれ〜、ダーリンだぁ」
「高見沢。
 ……そうか、結局、ここに就職したんだな」

舞子は笑顔で頷いた。
自分の力を知っていて尚認めてくれている先生が居るここが
やはり彼女にとって最適の職場だったのだ。

「で、今日はどうかしたの〜?」
「ああ、大したこと無いんだけど、ちょっとね。……たか子先生は?」
「先生、ちょっと急用ででかけちゃった〜。だから、舞子が診て上げるっ!」

龍麻の顔が蒼白になる。

「いや、やっぱ看護婦だけじゃなんだし、先生に診て貰わないとっ!」
「大丈夫よう〜。大したこと無いんでしょう?
 ……それとも舞子のこと、信用してない?」
「…………」

図星ではあるが、はっきりそれとはさすがに言えない。



○藤咲亜里沙○

「モデルはじめたんだね、雑誌見たよ」

龍麻にそう言われると、少し気恥ずかしい。

「そうよ、もう龍麻なんて気安く近づけないんだから」
「ふーん、そうなの? じゃ」

あっさりその場を離れようとする龍麻に、藤咲は慌てて追いすがった。

「ちょっと、冗談よ!」

振り返ると、龍麻はにやっと笑い、舌を出す。
「知ってるよ」



○裏密ミサ○

街を歩く。
急に何か悪寒を感じて龍麻は向かっていた方向からきびすを返して
もと来た道に戻ろうとした。

が、遅かった。

「あら〜、ひーちゃん〜。ひさしぶり〜」
妙に間延びのする声。
もはや、振り返るまでもなく声の主は分かる。

「…………裏密」
「こんなところでひーちゃんに会えるなんて〜、ミサちゃん感激〜」
「……そういえば、こんな繁華街に裏密が居るなんて、珍しいな」

龍麻の言葉に、裏密はにや、と笑った。
相変わらず底が深すぎて考えが読めない。

「此処に来れば待ち人が来る〜。そんな卦が出たから〜」
「……あ、そう? それじゃ僕は」

再びきびすを返そうとしたが、先に腕を裏密に掴まれた。

「ふふふ〜、今度は逃がさないわよ、ひーちゃん〜。
 さあ、共に暗黒の世界へ〜」
「いやだっ! 僕はそんな世界に首を突っ込む気はないっ!」



●紫暮兵庫●

「ん? 龍麻じゃないか」
「ああ、紫暮。久しぶり」

「しばらくぶりだが、元気そうだな。たまには顔を見せろ」
「……そう言えば、紫暮は実家の道場を継いだんだっけ。一国一城の主か」

龍麻の言葉に、紫暮は快活に笑う。

「一国一城の主、か。生活はカツカツだがな。
 そうだ、暇があるならちょっと寄っていかんか?」

少し考えて、龍麻は頷いた。
「そうだな。最近ちょっと腕が鈍りかけているかも知れない。
 久しぶりに一勝負、行こうか」

そう来なくては、と満足げに紫暮は頷く。
こうやっててらいもなく本気の勝負が出来る友人が居るというのはいいことだ。
お互いに。



●如月翡翠●

一日中の仕事が骨董品屋になってからの生活も、ずいぶんと慣れた。
毎日外に出るということが無くなった分、人と余り会わなくなった。
今では、あれだけの人に毎日会っていたということの方が信じがたい。

……そう言えば、彼は、いつも人に囲まれていた。
当たり障りのない人間関係だけでも膿み疲れていた自分と対照的に、
いつも楽しくてしょうがないといった感じだった。

そんなことを思いながら、店を開ける。
やがて、今日一番最初のの客が入ってくる。

客はゆっくりと店内を見渡し、やがて視線がこちらに来る。
微笑む。

もう一つ、思い出した。
僕も、彼と一緒にいるのはひどく楽しかった。

「やあ、いらっしゃい。
 ゆっくり見ていってくれ」 



●アラン蔵人●

「アランの故郷を見に来た」

龍麻がそう言うと、アランは視線を龍麻からはずし、自分の左側に広がる荒野にやる。

「ここが……僕の故郷。いや、故郷だった場所だよ。
 ここに雑貨店があって、ここは友人が住んでいた家。
 そして……ここが、僕の家」

何もない荒野を歩きながら、ひとつ、ひとつ龍麻に説明する。
わずかに残るガレキが彼の語る故郷の街の片鱗を感じさせる。

さらに歩く。
龍麻の目に入ったのは大量の十字架。
さほど大きくない手製のそれは、おそらく街の人の数だけ、立っているのだろう。
そしてこの全てを彼は一人で立てていったのだろうか。一人で。たった独りで。

龍麻はアランの肩にそっと額を当てた。

「どうして……どうしてアランは笑顔で居られるんだ?
 どうしてそんなに、強くあることが出来るんだ……」

微笑を浮かべてアランは龍麻の髪をそっとなでた。

「たった独り、遺ってしまったから。
僕はミンナの分もいっぱい生きていこうと思う。
 いっぱい泣いて、怒って、……笑って。
 そうやって、今をしっかりと感じ取っていこうと思う。
「アランは……強いな」
感嘆の意を込めて龍麻が言うと、アランはゆっくりと首を振った。

「だけどね、僕が一度だけ憎しみに押しつぶされそうになったとき、助けてくれたのは、
……君だよ」



○織部雪乃○

「あれ? 雪乃、髪切ったんだ」

掛けられた声に振り向くと、龍麻が笑顔で手を振っていた。
「よ、久しぶり」
「龍麻くん? ホントに久しぶりだなぁ。……髪は卒業して、すぐ切ったんだ」
「ふーん。けどよく似合ってるよ」
「男みたいだからな、オレは」
「んなこと言ってないだろ」

顔を見合わせて、二人苦笑する。

「髪を切って軽くなって……気持ちも、軽くしたかったんだ」
「気持ち? どういうこと?」

龍麻の質問に、雪乃は軽く舌を出した。
「龍麻くんには、教えないよ」



○織部雛乃○

「あ、……龍麻さん」
少し、躊躇いがちにかけた言葉に、しかし龍麻はすぐ気が付いて振り返った。

「ああ、雛乃ちゃん久しぶり。元気そうだね」

卒業してからこっちほとんど会うことは無かったが、相変わらずの笑顔にほっとする。


少し前までは、私は彼のようになりたかった。また、姉様のようになりたかった。
二人のように前向きで、強い人間になりたかった。

けど、今は少し違う。

二人に憧れる気持ちは今もあるけれど、
それより自分らしく、一歩一歩進んで行ければいいと思う。

貴方が、等身大の私を認めてくれたから。



○マリィ・クレア○

「龍麻!」
掛けられた声に振り返り、一瞬、怪訝な顔をする。
が、すぐにその顔は笑顔に変わる。

「ああ、マリィか。
 ……大きくなったね」
「その台詞、オジサンぽいよ」

感慨深げにいう龍麻に、いたずらっぽく笑い返す。
龍麻の横に並び、腕を取る。

「へへ。
 もう、龍麻と腕くんで歩いても、不自然じゃないよ」

マリィの言葉に龍麻は軽く微笑み、その髪をなでる。
以前からと同じ仕草。
だけど、今はそれも嬉しい。



●紅井猛●

 街の雑踏の中、ひときわ大きな声が聞こえる。

「アレ? 師匠じゃねえか?
 おーい、師匠! 久しぶりだなぁっ!」

 素知らぬ顔で歩調を早める。
 しかし、紅井が駆け足で追いかけてきた。

「なんだよ師匠、返事位しろよ。なあ師匠?」

「僕はお前を弟子にした覚えはない!
 大声で呼ぶなよ恥ずかしいっ!」



●黒崎隼人●

「はい、いらっしゃーい。……って、ひーちゃんじゃないか」
店に入ってきた人物に黒崎は驚いたが、入ってきた人物、龍麻も驚いていた。

「あれ? 黒崎。なんでお前こんな所に」
「こんな所とは失礼だな。
自分の家の店番をしていたからといって不思議なことはないだろう」
「だって、サッカーは?」

黒崎のサッカーの腕は日本でもトップクラスである。
そのサッカーの選手が、実家の店番をしているなど、普通、思わない。

「今日はオフだ。それがどうした」
何をか言わんや、といった風情である。
相変わらずだ、と苦笑しかけた龍麻だったがもうひとつのある不安を思い、
おそるおそる尋ねてみる。

「ひょっとして……コスモレンジャーもまだ、やってる……?」

「当たり前だ! この世に悪がある限り友情の戦士コスモブラックは永遠だ!」
「あああああ……やっぱり……」



○本郷桃香○

「たーつーまっ! だーれだ!」
急に後ろから目をふさがれた。

「……正義の味方」
「当たりぃっ! 正義と愛の戦士、コスモピンクよ!」

龍麻の返答に少し芝居がかった口調で桃香が答える。
振り向いて、龍麻は苦笑する。

「なーによその笑い方ぁ。」
「いや、相変わらずだな、と思ってさ」

相変わらずだから、少し、ほっとする。
相変わらずだから、少し、嬉しい。



●霧島諸羽●

「龍麻先輩っ!」

掛けられた声に、振り向く。

「ああ、やっぱり先輩だ。
 お久しぶりです。お元気でしたか?」
霧島が駆け寄ってくる。
すぐそこまでやって来たところで、龍麻は軽く顔をしかめた。

「……どうかしましたか? 先輩」
「お前、背が伸びたな」

かつては殆ど変わらないくらいだったのに、
今では霧島の方が少し目線を下げるくらいになっている。
指摘されると、霧島は嬉しそうに顔をほころばせた。

「あ、わかります?
 ここ何ヶ月かで伸びたんですよ。……って先輩、何で遠ざかるんです?」

「うるさい!
 霧島のくせに生意気な!」



○舞園さやか○

仕事明け、スタジオを出たところで突然、背後から手が伸びた。
驚いて、振り返り、そしてさらに驚く。

「……龍麻さん!」
「や。久しぶり。
 相変わらずすごい人気だなぁ。霧島に頼んでここまで入ったんだけど、人が多くて……。
手荒なことをして、ゴメン」

首を振り、龍麻の方を向く。
「お久しぶりです。今日はどうかしたんですか?」
「いや、舞園はどうしてるかなぁ、と思ったら会いたくなって。……まずかったかな?」

この何気ない口調が好き。
彼と話をしていると、私は一人の少女に戻ることが出来る。

「いいえ、私も、龍麻さんに会いたかったです」



●劉弦月●

劉は目を疑った。
目の前にいるのは。

「……アニキ……?」

対して龍麻も少し、驚いていた。

「…………ああ、そうか。そう言えばお前はこっちに帰ってきてたんだっけ。
 忘れてた」
「うっわー、冷たいなぁアニキ」

龍麻が此処に来た本当の理由は、その手に持った花束が示している。

「案内するわ、弦麻殿のところに……」

少し龍麻は微笑む。
「ありがとう」
「……わいも、行ってもええかな」
「当然だろ?」

命を懸けて自分たちを護ってくれようとした彼の人に、言いたい。
自分を護ってくれて、ありがとう。
この人を、遺してくれて、ありがとう。
だから、めぐり会うことが出来た。



●壬生紅葉●

雑踏の中ですれ違った人影に、慌てて振り返る。
相手も、やはり同じように振り返っていた。

目が合う。
相手が、龍麻がそっと微笑む。
思わずこちらも笑顔を返す。

それだけで、また龍麻は雑踏の中に紛れてしまった。
自分とは逆方向へ向いて。

一瞬の偶然。言葉も交わさず。

だけど、大切なことはお互いに伝わっている。



●村雨祇孔●

「よお、シコウ。 調子はどうだい?」
「ま、あいかわらずって所だ」
相変わらず、の村雨の前には大量のチップの山。
声を掛けてきた男はそのチップに一瞬目を奪われ、軽く肩をすくめる。

「やれやれ、日本人ってのはカモだと思ってたんだけどねぇ。
 あんたはいつもこの調子だし、さっきも日本人にしてやられたよ」

「へえ、そいつは強いのかい?」
「強いなんてもんじゃない。あんた並だ。
 まだ子供みたいな年齢に見えたんで油断したよ」
「ひょっとしてそいつ、妙に綺麗な顔してただろう」
「? ……ああ、そうだな。ユニセクシャルで。
 男か女か訊いてみたら笑ってはぐらかされたよ」

やはり。
村雨は軽く笑った。

「あんたが勝てないのは当たり前だ。
 そいつの運の強さには、俺も勝ったことがねぇよ。
 ……で、どこにいた?」

来てるんなら声ぐらいかけろよな、と日本語で呟くと村雨は席を立った。


今日もまた、暮れることのない夜が続く。



●御門晴明●

カタカタカタ……。
キーボードを打つ手を急に止めて、御門は顔をパソコンの画面から離した。
誰かが、この浜離宮に侵入した。

御門が作った結界であるこの浜離宮に彼の意思とは無関係に入り込める人間など、
そうはいない。
二つの予測をたてる。

良い予測と、悪い予測。

悪い予測に従い、式神を召喚し、様子見にやらせる。
式神が戻るまでの間、極力、良い予測については考えないようにする。

程なく、式神、芙蓉が御門の元に戻ってくる。
少し困ったような様子。それだけでもう答は分かる。
芙蓉のすぐ後ろから片手を上げて入ってくる人物。
久方ぶりではあるが、見慣れたその人好きのする笑顔。

御門は再びパソコンの画面の方に向き直り、言葉だけをかける。

「何の連絡も無しに此処を訪れるとは、少し不躾ではありませんか?」


良い予測が、的中した。



○芙蓉○

息が詰まる。
突然の、偶然。

「やあ、芙蓉。久しぶり」

屈託無く笑う。
しかしその表情は、少し、大人びた。

何気ない仕草、言動、その全てが少しずつ彼に年月を重ねさせている。
対して、以前と何一つ変わることのない、変わることの出来ない、自分。
何年経っても、彼が歳をとっていっても、私は変わることがない。
今の姿のまま、そう、貴方が死を迎えるときも、おそらく、この姿のままで。

それでも、思う。
今この瞬間に貴方に出会えたことを幸運に思う。
同じ時を共有できていることを幸運に思う。
貴方と同じ、『人の子』ではあり得なかったけれど、それよりも私は。
出会えた幸運を、共に歩ける幸運をかみしめていたい。

そして、思う。
このように考える自分もまた、
ひょっとしたら以前とは少し変わって、
成長しているのかも知れない、と。



○比良坂紗夜○
胸が弾む。気持ちが弾む。
久しぶりに、彼に会える。

貴方に出会って、……救われて。
助けられてばかりの自分だったけれど、今はこう思っている。
貴方を助けてあげられる人になりたいと。
貴方に相応しくありたいと。

常に、前を向いていこうと、そう思う。

一歩一歩足を踏み出す。
もうすぐ、私は貴方に会える。
昨日より今日、今日よりも明日と前に向いている私で会えることを嬉しく思う。

待ち合わせた公園に立つ姿に、少し浮かれた声をかける。

「久しぶり、龍麻」



○遠野杏子○

ピントを合わせてから、声をかける。

「龍麻!」

かけた声に振り向いた瞬間をシャッターにおさめる。

「杏子。誰かと思った」
「ふふ、元気そうじゃない」
「そっちも相変わらずだな」
「そりゃあそうよ、これが生き甲斐だからね」

軽口を叩く。
とても久しぶりに聞く声が、耳に心地いい。

「ねえ、今はどうしているの?
 どうせまた何か首つっこんでるんでしょ? 独占インタビューさせてよ」

困ったように笑う表情も、以前と同じだ。
そして自分は、普段通りに話せているだろうか。
緊張に、鼓動の早さに気が付かれてしまわぬように。



○マリア・アルカード○

指定席である木陰に座り込み、マリアは景色に目をやる。
あれから、どれだけの時が過ぎたのだろうか。
とても長い時が過ぎ去ったようにも思うし、
逆にほんの数日しか経っていないような気もする。

ここでは、時間は意味を成さない。

そして、想いを馳せる。
彼は、今頃どうしているだろう、と。
ふとしたときに思うのは数百年前に失った家族よりも彼のことだ。
不思議と、罪の意識は感じない。
それほど、自然だ。

自分を人外のものと知りつつも、全て受け止めてくれていた。
その彼の手を自らふりほどいた、自分。

東京は、もうすでに私の故郷だと、そうあの女医は言った。
故郷とは何だろう?
そして思う。
大切な思い出と大切な人が有る場所。それが故郷なのならば。
東京は間違いなく私の故郷だ。
いつか、帰ることがあるのだろうか。
それは、わからない。

故郷などと思うのは自分の傲慢で、東京は私を受け入れないかも知れない。
彼は私を忘れてしまっているかもしれない。

けれど、それでも思う。
彼に再び会うことを。


「・・・・・・・マリア!」



●犬神杜人●

「先生。……犬神先生」
呼びかけた言葉に、ゆっくりと犬神が振り返った。

相変わらずのぼさぼさの髪。手に持ったしんせいの煙草。
「……お前か」

愛想の無さも、相変わらずである。

「お元気そうですね」
「生憎とな」
「……相変わらず、あそこを護っているんですか」
「そうだな。……お前も、相変わらずのようだな」

犬神の言葉に、少し含むように笑う。

「それでは先生、お互いお元気で」
「……命を粗末にだけはするな。お前らには有限なのだからな」
「ええ。心得ておきます」

それだけを言うと、龍麻は雑踏の中に姿を消す。
もう後ろ姿も見えない。
会った痕跡もなく、一瞬の白昼夢だったと言われると、そうかもしれない。
犬神は、新しくしんせいの煙草を取り出し、口にくわえるとゆっくりと火をつけた。



○天野絵莉○

「絵莉、さん」
「えっ、……龍麻! 久しぶりねぇ」

思わず声が弾む。

「今は大学に行っているのかしら?」

言いながら、少し惑う。
制服を脱いでも、彼はまだ学生。年の差は縮まらない。

「まあ、ね。
 絵莉さんは相変わらず無茶やってないだろうね?」
「失礼ね」

いっぱしの大人のような口振りで心配されると、なにやら面映ゆい。

「大丈夫、君に心配されるような無茶はしない。約束するわ」
「本当に? もし、また何かあったら呼びなよ?
 良ければ専属のボディガード兼助手、斡旋するよ?」

いたずらっぽく、笑う。

「そうね、考えておくわ」




〜おまけ〜
○秋月マサキ(馨)●

「あ、龍麻さん」
車椅子から掛けられた声に、そちらを向く。

「久しぶり。……マサキ、いや、馨、だね」

少し、はにかみながら馨が微笑む。
「久しぶりだから、少し慣れなくて……」
「いや、よく似合っているよ」

先月、秋月柾希の意識が戻った。
現在徐々にではあるが、確実に回復に向かっている。
馨は、やっとマサキから馨へと、戻ることが出来たのだ。
もっとも、運命を弄んだ代償である馨の足は、元に戻ることは、無かったが。

「長かった……な」
「ええ、そうですね」

龍麻が車椅子を押し、ゆっくりと歩き出す。
常春の浜離宮の風が、優しく頬をなでる。

「馬鹿な事を訊くようだけど、今まで、……辛かった?」
龍麻の言葉に、慌てて首を横に振る。
「いえ、僕、いや私は、何もしていません。
 大変だったのは、辛かったのは、龍麻さん、あなた達でしょう」
「いや僕は、辛いこともあったけど、何より大切な仲間に会えたから、
それだけで良い日々だったと、そう、思うよ」

喉元過ぎれば、という奴かも知れないけどね、と、笑う。

「それならば私だって同じです。
 結果的に兄は助かりましたし、東京も、平和になりました。
 ……そして…………」

そして、貴方に、会えました。


まとめてあとがき(笑)

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