もうすぐ、年が変わる。



 全寮制で厳しい外出規制が布かれている天香学園といえども年末年始には生徒たちはそれぞれ自分たちの家へ戻る。
 それは、寮内で働く大人たちも同じ事である。
 したがって、年末年始、このときだけは寮の中が空っぽになる。
 要するに、半強制的に帰宅をさせられるという事であるが普通生徒たちに否やはない。


 たった一人を除いては。



「と、いうわけで阿門。暫くお前の家に泊めてくれよ」

 唐突且つ勝手極まりないこんな発言を天香の生徒会長にぶちかます事が出来る大物はこの学園広しと言えどもたった一人しかいない。
 阿門は無言でその相手――当然、葉佩九龍である――を見返したが、九龍はそれをどう受け取ったのか、泣き落としに攻勢を転じた。

「だってさぁ、協会から指示があるまではちょっとうかつに動けねぇし。
 大体日本に俺がいる場所なんてねぇっての!
 な、可哀想だろ? いーじゃん、阿門の家広いんだから部屋なんて十も二十も余ってんだろ〜?」

 プライドもなにもかもをかなぐり捨てているとしか思えない態度でまとわりついてくる九龍に辟易した阿門が

「勝手にしろ」

 と、言質を九龍に渡してしまったのは結構そのあとすぐの事である。





「……しかし」

 阿門は静かに口を開く。
 一見、いつもと同じように見えるが、良く見ると額にいつもより多く青筋が浮いている。
 眉間の皺も深い。


「館を宴会場にしてもいいと言った覚えはないが?」


 阿門の目の前に広がっている状況。

 一滴の酒も入っていないはずなのにハイになって騒ぎまわっている生徒会と執行部。そして九龍の友人たち。
 ……白岐までいる。
 葉佩九龍の社交性の高さには感心を通り越してあきれ返るレベルだ。
 よくみると生徒以外の人間も混じってないか?


「えー、だって阿門、『勝手にしろ』って言ったじゃん」
「勝手にしろと言ったのは寮が閉鎖の間葉佩九龍、お前が家に泊まることに関してだ。
 大体、既に帰省週間に入っているはずではないのか?」

「アタシ? 九ちゃんが残るっていってたから。楽しそうだし」
「まあ、こんな機会もないしな。せっかくだから参加させてもらった」
「楽シイデス」


 阿門の横で、皆守が軽く肩をすくめる。

「……諦めろ」






 喧騒を離れてバルコニーに出る。
 冷気が身体に心地いい。
 今日は天気がいい。
 明るく輝く月と、その光に押されつつも光る星がよく見える。

 バルコニーの手すりに手をかけて空を見上げていると、背後から声が掛けられた。


「こんな所にいたのか、葉佩九龍」
「阿門」


 一瞬、チラリと阿門の方に視線を向けるとまた空に目を戻す。
 暫く、二人とも何も言葉を発さない。


「次の行く先が決まったのか」

 沈黙のあとに、気負いも何もなく、ただ呼吸をするように何気なく言った阿門に、九龍もまた何気ない調子で答える。

「うん。
 準備が整えば、次の学期が始まる前にここを発つ」



 そして、初めて阿門の方へと向き直った。

「しかし、よくわかったな。
 わかったとしても、お前がんなことをわざわざ言ってくるとは思わなかった。意外だな」
「意外なのはこちらだ。
 ごまかそうと思えばいくらでもごまかせる。
 ……何故、あっさりと俺にそれを話す?」


 唐突に仲間を集めての忘年会。
 誰にも何も告げない、九龍にとってだけの送別会。



「お前は……違うから、さ」
「違う?」
「お前だけは、未だに俺を余所者として扱うだろう?
 宝捜し屋、異端者だ、と」
「…………」


 確かにそのとおりだ。
 阿門にとっての九龍は秩序を乱す異分子でしかない。
 その存在を認めることはあっても。


「あいつらは……バカばっかりだから、すっかり俺を仲間だと思ってる。
 ずっと、一緒にいることができるんだと信じて掛かってる。
 お前はそうじゃないから、楽なんだ。
 何を言っても大丈夫だと勝手に思ってるんだ」


 不意に、九龍が片手で顔を覆う。
 泣いているのかと思ったが、九龍は笑っていた。
 嘲笑に近い笑み。


「俺はここに目的の為に来ただけなのに。
 ここは、俺の居場所なんかじゃないのに。
 俺は、離れる人間なのに。
 みんな、皆守でさえ、俺の居場所がここなんだって勘違いしてやがる。
 ほんっと……バカだよ」


 それは、叶わない事。
 全てを捨ててここに留まったとしたら、自分は自分でなくなってしまう。
 葉佩九龍でありつづけるために、自分はこの地をあとにする。
 そんなことはわかりきっている事。
 今まで、何度となく繰り返してきた事。
 それなのに。どうしてこんなにも後ろ髪を引かれるのか。
 どうしてこんなにも空虚な思いを抱えているのか。


 九龍が何を思っているのかなど、阿門は知らない。
 彼が知っているのは、九龍がこの学園に来てから何をし、何を変えたか。
 ただそれだけ。

 そう、ただそれだけ。


「葉佩九龍。
 お前がこれからどこに行き、何を成すのかは知らん。
 ただ――」



 学園を纏め上げた異分子。
 その中心にありながら、それ自身は異分子のまま。



「ここは、お前を拒まない。
 これからずっと、お前が望めばここはお前の居場所になる。
 いや、ここだけではない。
 お前がいる場所は、どこでも居場所たり得るだろう。
 少なくとも、お前の『仲間』はそう思っているのではないか?」



 阿門が見ていた九龍は、居場所を捜しているのではなく、彼自身が居場所であった。
 誰もが憩える場所。
 誰もが集える場所。
 空虚であるからこそ、何もかもを抱きかかえてしまう事ができたのだろうか。




 背を向け、屋内に入ろうとしたときに、背後から九龍が何か一言、声をかけたような気がしたが、それは耳を掠める風の音に掻き消えた。
 聴き返す気はない。



 もうすぐ、新しい年が明ける。





WEB拍手御礼SSとして2005年8月19日〜9月2日まで展示。
WEB拍手用としては致命的なくらい長いですね。ハハハ。
ずっと描きたかったんですが時期を逃したんで放置していました。
で、結局アップしたのが真逆の季節というのがなんとも皮肉。
いいんだ…季節感まるで無視でも……。
うちのくろーちゃんは基本的にはアホウです。



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