「おい、パーシヴァル、訊きたいことがある!」 ある日のビュッデヒュッケ城。 背後からからかけられた声にウンザリといった様子でパーシヴァルは振り返った。 振り向くまでもなくわかってはいたが、そこにはいるのは今にもパーシヴァルに詰め寄らんという風情のボルス。 彼がこんな様子の時にはロクな事がない。 そして。 「……なんだ」 「貴様、夜毎クリスさまの部屋に忍んでいるという噂は本当か!」 彼がこういう様子の時の原因は9割方原因は炎の英雄にして誉れ高き六騎士の頭。銀の髪の乙女、騎士団長クリスに関してのことなのである。 思わず、盛大に溜め息が出る。 そういう噂が回っていた事は知っていたが、いささかこういう話題に乗り遅れる感のあるボルスにまで話が言っているという事はほぼ騎士団中にこの噂はまわっていると見ていい。 いや、たとえ騎士団全員に知られていたとしてもボルスのところにだけはこの話は回ってほしくなかった。 理由は簡単。 鬱陶しいから。 「何を黙っている、パーシヴァル! 返答如何によってはいかに貴様といえどもただでは置かんぞ!」 その言葉どおり、このまま黙っていたら剣まで振り上げかねない勢いだ。 「あー、誤解だ。 クリス様と俺とはそういう色っぽい関係では断じてない。 っていうか正直あの人をそういう視点で見たことがないよ俺は」 「そんなわけがあるか!」 「自分を基準に物事を考えるな!」 と、そこにボルスの背後から近づいてきた人物の姿を見つけてパーシヴァルは青ざめた。 今現在一番みたくなかった顔。 輝くばかりの銀の髪。 ひとたび戦場へ出れば鬼神のごとき働きをするとは到底思えないその優美な姿。 言うまでもなく噂のもう一人の主人公、クリスである。 「ああ、パーシヴァル、捜していた」 「クリス様……何か、御用で?」 嫌な予感が背中を走る。 ボルスだけでなくその場にいる全員がそ知らぬ振りでクリスの言葉に耳を傾けているがそれに気がついていないのは当のクリス本人だけである。 クリス様、余計なことは言わないで下さい。 頼むから! しかし、そんなパーシヴァルの心の叫びなど当然クリスに届くはずもない。 「今夜も待っているからな」 爆弾投下。 しかも簡潔に用件を言うだけ言うとスタスタとその場を去っていく。 「パーシヴァル……」 「いや待てボルス、お前誤解しているぞ。 今のはまったく色気のある話などではなくてだな」 「もういい。クリス様がそれでいいのならば俺には何も言う権利はない。 ただクリス様を悲しませるような事があれば、そのときには容赦しないからな!」 目に涙を浮かべてその場を去っていくボルス。 「待て! 人の話を聞けーっ!」 と、いうパーシヴァルの魂からの叫びは当然耳に入っていない。 その夜。 クリスに呼ばれているのにすっぽかすわけにも行かず、パーシヴァルは思い足取りでクリスの部屋へと向かう。 あっさり逃げ出してしまえる性格でないのがうらめしい。 もっとも、逃げ出したりしてクリスに自分の部屋まで迎えに来られた日には今以上の泥沼状態になるのは目に見えているのでそれくらいならば自分で出頭した方がマシというものだ。 ルイスが苦笑してパーシヴァルを出迎える。 「パーシヴァル様、聞きましたよ。今日は災難だったみたいですねぇ」 「ルイス……言わないでくれ。どっと疲れが増す」 勝手知ったるとばかりに室内に踏み入ると、クリスが笑顔で待ち構えている。 そしてその前にはずらりと並んだ酒瓶。 「おう、パーシィちゃん遅いぞ。 やはり一人で酒を飲んでいてもつまらん。 さあ今夜も付き合ってもらうからな!」 酒盛。 これがパーシヴァルとクリスの色っぽい噂話の正体である。 「クリス様、いくらなんでも連日連夜というのはお体に障りますよ。 俺だって体力が持ちませんよ……今に二日酔で日中の訓練に支障を来たしますから」 「何を言うか、ザルが。 タダで毎晩酒が飲めているんだからありがたいと思え」 聞く耳持たずといった風情でクリスが向かいに座ったパーシヴァルの杯に酒を早速並々と注ぐ。 場内の酒場でももっとも値段の低い安ワインだ。 もっとも、始めはクリスも上等の酒を用意していたのだがパーシヴァルが酒の手配をしているルイスに安酒で充分だと指示をした為今の安ワインに甘んじている。 パーシヴァルとて、酒の味に全く無頓着なわけではないし、人の奢りで飲むのならば高い酒の方がありがたいのだがこう連日となると 「酔うためだけに飲む酒に金をかけるのはもったいない」 という感覚を覚えるのである。 クリスやボルス達とは違い贅沢になれた貴族育ちではないのでなおさらそういう点が気になるのだろう。 酔うためだけに飲む。 クリスの飲み方はまさにそれであった。 味わうわけでもなく、ただ憂さを晴らすためだけに痛飲する。 これで翌日にアルコール臭もまったく残さないのだから立派という他はない。 まあ、パーシヴァルもその点に関してはまったく人の事は言えないのだが。 ただ、ザルのパーシヴァルとは違い、クリスはすぐに酔う。 そしてグチりだす。 「だいたいだな、どいつもこいつも勝手なことばかり言って人の苦労も考えないで……おいパーシヴァル、聞いているのか?」 「はいはい、聞いてますよ…」 この酒盛りの相手に指名されているというのは不運というしかない。 クリスに言わせるとレオにはグチをこぼしにくいしロラン相手ではこちらが気詰まりしてしまう。サロメ相手ではいつの間にか自分が説教されているに違いないのでイヤだという。 ちなみに、ボルスは問題外と。 なるほど、よくわかっている。 味わって飲むワインを趣味としているボルス等はもっとも向かないのであろう。 しかもクリスに幻想を抱いている事甚だしいのでそうそううかつな事もいえない。 しかしなぁ。 それにしたって俺でなくても。 そう思わずにいられないのだが一度見込まれてしまったが最後、延々と連日酒の相手を務めさせられていると言う訳である。 長々と続くクリスの愚痴に相槌を打っていると、じきに終盤が見えてきた。 だんだんと言葉が途切れ途切れになって来、瞼が閉じがちになってくる。 沈没が近い。 「った、く……何が、銀の、…とめ、だ……炎の英雄なん、て、クソくらえ……だ……」 その言葉を最後に、机に突っ伏して寝息を立て始めた。 これで今日の酒盛りはおしまい。 軽く溜め息をついてパーシヴァルはクリスの寝顔を見下ろす。 こうして寝ているとボルスの気持ちも若干わからないでもないような気がしないでもないのだが。 日中の考えるよりも先に手が出る、色気の欠片もない軍人の鑑のようなクリスを武人として尊敬はすれども女性として崇拝する気持ちがイマイチパーシヴァルには理解できない。 それともクリスの寝顔をみてもドキともしない俺が単に枯れているだけなんだろうか。 「ほら、クリス様。 こんなところで寝ると明日身体が痛みますよ」 「うう〜……」 目覚める様子のないクリスを抱えあげて寝室へと運ぶ。 ふ、と目に付いた瞼に一雫の涙。 「クリス様、アンタなんでも一人で抱え込みすぎなんですよ。 こうやって夜中酒で憂さを晴らすくらいなら日中にもう少し楽をすればいい。 ……銀の乙女や炎の英雄の立場に縛られなくても、俺たちは、アンタだから付いていくんですから」 ハンカチーフでそっと涙をぬぐってやりながら呟くようにそんなことを言う。 翌朝には彼はまた何事もなかったかのように彼女に付き従う。 周囲の望むままの自分を演じきろうとする、気丈で強情な彼女のプライドを損ねぬよう。 そして、彼はまた一人溜め息をつく。 無力な自分とままならぬ情勢に。 |