1999年8月1日 熊本は、幻獣の出ない夏まで、防衛することに成功。 なんとか、自分の責務をひとまずは果たした。 舞はそんな脱力感を覚えそうになる自分を叱咤し、今日も小隊へ向かう。 休戦期はたったの一ヶ月。 これまでの統計によれば、である。 幻獣についてまだ何も分かっていないのだから、それが今年も同じとは限らない。 では、自分はこの一ヶ月間も全力を尽くさねばならない。 今までだって、幻獣が出ない日はあった。 それと同じだ。 そう考えるよう努めながら、小隊隊長室へと向かう。 部屋に向かう直前、舞の動きが止まった。 ……誰か、いる。 淡い期待を抱きそうになる自分自信を嘲笑する。 何度、この期待を抱いてこのプレハブの小屋に入り、そして絶望したことだろう。 それなのにいつも、入る前にそこに姿を思い浮かべてしまう。 彼は、いる筈はないのだ。 扉を開く。 自分が座るべきはずの指令の席に、すでに先客が座っていた。 自分の書類を、閲覧している。 小さな窓から、朝の光が差し込んでいる。 微かな、紙をめくる音だけが部屋の中に聞こえている。 その小さな小さな音だけが部屋の中に響き渡っているように思える。 彼は、いる筈はないのだ。 何か言いたいと思っているのに、口の中が乾ききってしまったように、何も表出することが出来ない。 扉を開いたままの体制で、一歩も足を進ませることも出来ない。 身動きすら、ままならない。 先客が、ふ、と目を書類からこちらに移す。 舞のほうを見る。 「おはようございます。…失礼しました。どうぞ」 そう言って、席を立ち、椅子を舞に指し示す。 日常的な動作のように。 「……な、……」 「僭越ながら貴方の成果を拝見させていただいていました。 …お見事です。 貴方は立派に小隊指令としての役割を果たしてくださっている」 そういうと、善行はにこり、と舞に微笑みかけた。 「……善行!」 「突然、すべてを貴方に任せて立ち去ってしまったことを、お詫び致します」 「…まったくだ」 怒った表情をつくる。 が、本当は、知っている。 善行がいなくなって一週間後、各地で兵員の増強が行われた。 この大規模な増援のおかげでどれだけ熊本全域の勢力が回復されたか知れない。 「また、ここに戻ってきてくれるのか?」 淡い、期待。 しかし、善行がその言葉に返したのはあっさりとした否定の言葉だった。 「申し訳ありませんが、それは有り得ません。 私はもう、この小隊の人間ではないのですから」 「……そう、か……」 平静を装いたいが、声のトーンが下がるのを防ぐことが出来ない。 では、何故ここに姿を現した。 何故、私に姿を見せた。 しかしその後に続いた善行の言葉は、舞の予測外のものであった。 「間もなく、本部から正式に通達がありますが、軍首脳がやっと重い腰を動かしました。 熊本に正式軍の兵力を投入し、ここを前線基地として九州全域を奪回すべく逆侵攻を開始します」 「何……?」 「明日にも船風の兵が熊本入りします。 船風海兵師団長として、5121小隊に配下部隊としての参入を要請したい。」 そこまでいうと、善行は、少し微笑んだ。 「ここまでこぎつけるのにこれほどまでの月日を要してしまいました。 しかし、軍はようやく5121小隊を小隊として認めましたよ。 付け焼刃の使い捨て半個小隊ではなく、一つの有能な戦力として」 ここまでは公的な話です。 そういうと、善行は、少し息を整えた。 「その、質問なのですが。 ……私はまだ、私にはまだ、資格がありますか?」 歯切れの悪い善行の言葉。 怒った顔を作るのも、もう限界だった。 口元が緩む。 しかし、逆に目元からは涙が出そうになる。 「馬鹿者。 私のカダヤは、後にも先にもそなた一人きりだ」 そういうと、足を踏み出して善行の傍へ行く。 明らかにほっとしたような表情を見せると、善行は舞を抱きすくめた。 「…ありがとう……」 1999年8月1日 熊本は幻獣の出ない夏まで、防衛することに成功。 鹿児島、福岡を失って、九州放棄に傾いていた軍の首脳は態度を変化 させ、熊本を前線基地として逆侵攻する計画を立てる。 1999年8月7日 船風の海兵師団長 善行忠孝、配下の2万名を連れて 熊本入り逆撃を開始。 この中の配下部隊に、5121小隊の名が見て取れる。 1999年9月 自然休戦終了。 激烈な戦いが始まる。 「全軍抜刀! 全軍突撃!(アール ハンドゥ ガンパレード!)」 どこかの誰かの未来の為に ……そして、ここにいる、貴方の為に……。 〜FIN〜 |