通信機の電源を落とすと、初めて善行は深く息をついた。 メガネをかけ直す。 感情を封じるときの癖だ。 いつからの癖だろう。 いや、いつからこんな癖が出来るほどに感情を封じるようになったのだろう。 自分の肩書きが「軍人」となってからだ。 それまでは、未来に絶望はしても、感情にはそれなりに正直だったように思う。 もっとも、もう思い出すことも難しい彼方の話だが。 「善行、通信か?」 かけられた声に、振り返る。 自分と年のそう変わらない士官が扉の前に立っている。 少し、眉を寄せる。 関東は孤狸の棲家だ。 表情どおりの人間など稀有である。 熊本とは随分と趣が異なる。 もっとも、こちらの方が自分に相応しいとは感じるが。 「通信機をお使いになるのですか?」 「いや、善行、君に訊きたいことがあって」 「私に? なんでしょう」 「君、『芝村』らしいな」 一瞬、善行の顔が強張る。 「何の話でしょう」 しかし、一瞬のことだ。 眼鏡をあげながら答える善行はいつもの無表情だ。 「確かな筋から聞いた話だ。 しかし、そうならばなぜそれを活用しないのかと気になって」 「残念ながら、私は芝村を名乗ったことも、今後名乗るつもりもありません」 「しかし、資格はあるのだろう?」 なおも食い下がろうとする相手を無視し、善行はその場を立ち去った。 背後でまだ何か言っているようだが耳を傾ける気にもなれない。 私室で机の抽斗をあける。 そこにあるひとつの勲章。 WCOP。 芝村の証。 それを手に取り、しばし眺める。 「私は……」 ひとりごちる。 私は、貴方を『芝村』と思っていたことなど無かった。 こんなものは、露ほども求めてはいなかった。 手に握ったそれを、一瞬窓の外に放り投げたい衝動にかられたが寸前で思いとどまり、再びそれを抽斗に仕舞う。 数少ない想い出の欠片を抽斗に仕舞いこみ、鍵を掛ける。 まだ、回顧には早すぎる。 自分はまだ何も成してはいない。 |