「ああ、もうこんな時間か…」 ふっと、時計を見る。 もう深夜だ。 ついつい訓練に夢中になってしまっていたらしい。 早く帰宅しなければ明日の行動に差し支える。 手早く後片付けを開始する。 プレハブ校舎前を通りすぎようとしたときに、気がついた。 明かりだ。 小隊隊長室にまだ灯りがともっている。 まさか、こんな時間にまだ人がいるとは思えない。 恐らく誰かの消し忘れだろう。 そう思い、灯りを消すために小隊隊長室へと向かう。 部屋に入る。 目に入った人影。 「……芝村万翼長」 指令の机に突っ伏し、うたた寝をしていた舞はその声にゆっくりと目を開いた。 「……ん。 ああ、いつの間に眠ってしまっていたのだ私は。 今何時だ?」 そう言うと舞は自分の腕時計で時間を確かめる。 「ああ良かった。30分しか無駄にはしていないな。 起こしてくれて感謝する」 ニ、三度瞬きをして一つ伸びをし、机の上の書類を手に取る。 「って、まだ働く気ですか! 今何時か分かっているのですか?」 「……先ほどお前の目の前で時間を確認した。邪魔をするな」 「はい万翼長いいえ、賛同しかねます。 今日のところは休息を取り明日に備えるほうが良いかと思いますが」 「時間が、ないのだ!」 いらついたような声を出すと、舞は机を叩く。 このように余裕のない舞の姿を見るのは、初めてだ。 先日、指令が舞に交代した。 晴天の霹靂だった。おそらく、舞自身にとっても。 突然指令の善行が関東に帰還したのだ。そして、急遽舞に辞令が下った。 善行が何を思い、関東に帰還したのかは大体の想像がつく。 伊達に彼が士官候補生のころから一緒にいたわけではない。 が。 彼は自分がいなくなって後のこの状態を予測はしなかったのだろうか。 いや、予測をしていてなお実行に移したのかもしれない。 そういう男だ。 変に不器用で、融通が利かない。 舞に気づかれぬようにそっとため息をつくと、若宮は舞を抱え上げた。 「……っ! 何をする!」 「はい万翼長。 いささか冷静な判断力を失っているように思います。 今の状態で仕事を続行しても、時間の無駄かと」 「うるさいっ! おろせっ!」 「お断りします。 今は勤務時間外ですので指令といえども命令に従う義務はありません」 舞がいくら抵抗しても、スカウトであり古参兵でもある若宮に力で敵うはずはなかった。 そのまま軽々と小隊隊長室をあとにする。 ふ、と抵抗力が弱まる。 観念したのだろうか。 「……昨日の、日報を見たか」 「……」 やはり。 ここの所5121小隊は調子がよい。 昨日の日報でも、各部署二桁以上の仕事成果をあげている。 ただひとつ、指令を除いて。 返事をしない若宮にかまわず舞は続ける。 いや、はじめから独り言のようなもので返事など期待していないのかもしれない。 「善行は、最良の状態で私に後事を託していた。 それなのに、私はそれをそのまま持続しつづけることが出来ていない。 私は、奴の信頼を裏切っている……」 「何もかもを一人で抱え込もうとするからです。 自分一人で手におえないと思ったら誰かと共に行えばいい。 貴方が必死でやっていることくらい、皆わかっています」 「そうか、……そうか。 ……そう言えば、お前は7時以降はフリーな時間、だったな。 …なのに……部下と、しての……話、か…た……」 言葉の最後は寝息に変わる。 舞がすっかり眠り込んでいるのを確認し、若宮はぼそりと呟いた。 「俺が部下としてでなく、個人として接したら、君が困るだろう……?」 空を見上げる。 もう深夜ということもあり街の明かりは少なく、代わりに降るような星空が見える。 そして本来の月を覆い隠すように自己主張する、黒い月。そして、幻獣。 こんな戦いがいつまで続くのだろう。 この絶望的とも言える戦いが。 そんなことを思う自分に気が付き、自嘲する。 自分は戦いのためだけに作られたクローンだ。 軍の備品。 ただ、不幸にも心を持ってしまっている、備品。 叶うことのない、よしんば叶ったとしても救いのないこの想いを抱えたまま、 また今日という日が帳を下ろす。 |