四季は変わりなく訪れる。 絶えずそれを愛でてきた人が不帰の人になろうとも、花は季節のめぐりにより美しく咲き乱れる。 そして、今年も幻獣との果て無き戦いに膿み疲れつつある人々の心を慰めるかのように桜が幽玄の世界を垣間見せていた。 「こっっっの……大タワケがーっ!」 音量測定器がないのが惜しいなぁ、と思わず考えてしまうような舞の怒声が響き渡った。 残業中で小隊隊長室に詰めていた善行と加藤は、一瞬びくりとして顔を上げたが、取り立てて騒ぎ立てるほど珍しい事ではないのでまた何事もなかったかのようにモニターに視線を戻す。 「今日はまた、えらいご機嫌損ねたみたいやねぇ」 「そのようですね」 舞が怒鳴りつけた相手は見なくてもわかる。 あそこまで舞を激昂させるのは一人しかいない。 「にしてもまぁ、よくまああんだけ頻繁に怒るネタがあるもんやね」 「若宮十翼長は戦闘に関しては熟練の兵士ですが、女性関係に関しては不器用そのものですからね」 「……委員長、そーいう台詞は女心をちゃんとわかってる人が言うセリフとちゃいます?」 「…………仕事、しましょうか」 「はいな」 目の前で怒声の直撃を受けた若宮は、困惑の極みにあった。 何故急に舞が怒りだしたのかがわからない。 どうにもこうにも不器用であるのか、自分はこうやっていつもすぐに舞を怒らせてしまう。 当然、怒らせたいわけではないのだが。 既に充分動揺はしていたのだが、舞の顔を見てなおさら狼狽した。 目に涙が浮かんでいる。 マズイ。 緊急事態。 スキュラに囲まれるよりもコレはキツイ。 怒っているだけならばなんとか謝って許してもらえばいいが、泣かれるとどうしたらいいのかサッパリわからない。 頭の中が真っ白になる。 「あ、その、なんだ……ま、舞?」 あからさまに狼狽しきった声で若宮が舞を呼ぶ。 が、そのあとになにを言えばいいのかわかっていないのがよくわかる。 そう、わかっていないのだ、こやつは。 「若宮…そなた、何故死神を自ら引き寄せるような事ばかりいう?」 『…そうだ。悪いが俺の髪を持っててくれ。死んだら骨も残らんだろうからな。 どうせお前を守って死ぬから、俺の分だけでいいだろう』 又だ。 若宮と付き合い始める前にも、死を意識した言葉を言われたことがある。 ここは確かに戦場だ。 明日、二人が生き残っている保証はどこにもない。 けれど、若宮の言葉はそれとは違う。 常に、自分が消える事、それだけしか脳裏にない。 つまりは、生き残るつもりがないのか。 「別に、俺はそんなつもりは。 死に急ぐつもりはない。ただ……」 「ただ、じゃあなんだ。 自分が量産型だから、年齢固定型だから、耐久年数が短いから。そんなことを言い出したら承知せぬぞ」 激しい舞の言葉に若宮が思わず口を噤む。 図星か。 わかっていたことではあるが、また腹が立つ。 いや、腹が立っているのではないのか、これは。 たとえようもなく、哀しいのか。 「……どうしてわからぬのだ、そなたは。 私が欲しいのは、そんな言葉ではない。 何故、生き延びると、そう言ってはくれぬのだ?」 確証など、ある筈がないのはわかっている。 だけど、だからこそ、口先だけの言葉だけでも欲しいのに。 今若宮の後ろで満開に咲き乱れている桜。 幻のように美しく、また、幻のように儚い花。 この桜を見るたびに若宮もこの花弁に紛れて消えてしまうのではないかと、こともあろうにこの芝村が怯えている事など、この馬鹿者は気付きもしないのだ。 怒りながらぼろぼろと涙をこぼす舞を見て、やっと若宮にも得心が言った。 量産型であることを誰よりも気にしているのは、他でもない自分自身だ。 不要な劣等感を抱いて大事な人を泣かして何になる? 戦いのためだけの道具。 ずっと、そう思ってきた。 だけど、大切な人が出来て、未来を欲しいと思った自分は、もう、道具ではない。 「舞。すまなかった。俺が悪い。 ……約束しよう。 俺は死なん。お前に黙って姿を消したりはしない」 ぎこちなく手を伸ばすと舞を引き寄せる。 舞は、何も言わなかった。 ただ、静かに泣いていた。 それがどういう感情によるものなのか、若宮にはわからない。 一陣の風が吹き、桜の花弁が空に舞う。 まもなく、桜の盛りも、終わる。 |