「………!!」 彼は、その最後の瞬間までも、寡黙であった。 二度と物言わなくなる、その直前まで。 「速水、風邪をひく」 翌日は、強い雨であった。 舞が速水を見つけたとき、彼は、グラウンドの真中に呆然と立っていた。 ここで一人いつも自己を鍛えていた先輩は、もう、いない。 「あんな……あんないい人が、何故!」 舞の姿を認めたためか、それとも、ただ吐き捨てたのか。 絞り出すような声をあげた。 泣いている。 「バカを言ってるんじゃねぇ」 背後からその声がするまで、不覚にも舞は人が近づいていることに気がつかなかった。 不覚だ。 それだけ、自分も堪えているのかもしれない。 「いい奴だぁ? んなこと言われてるから死ぬようなハメになるんだよ。来須の奴も」 速水は振り向かなかった。 顔を見るまでもない。本田先生だ。 が、顔をそむける速水に本田は近寄り、その胸座を乱暴につかみ上げた。 「いいか、これが戦争って奴なんだよ。 オレ達が幻獣を殺る。幻獣がオレ達を殺る。それの繰り返しだ。 最終的に残ったほうが勝者だ。 来須は、負けたんだ。負けたんだよ。 お前も負けたくなきゃうじうじ泣いてる間にせいぜい腕を磨きな。 それが出来ないチキン野郎なら……」 唐突に手を離す。 その反動で、速水はぬかるみのグラウンドにそのまましりもちをついた。 「遺言でも書いて他の奴らの迷惑にならないうちにさっさと死ね」 冷徹に速水を見下ろすと、本田はそのまま校舎へと去っていった。 「畜生。……畜生!」 そのまま グラウンドに拳を叩きつけ、速水はむせび泣いた。 舞は、速水を残して去ることにした。 今の速水に掛けてやれる言葉は自分にはない。 それならばせめて。 勝者となるために自分を鍛えよう。 来須の死を無駄にしないために。自分の糧とする為に。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 瀬戸口はハンガーに向かっていた。 と、人の気配がする。 よく観ると、陰に隠れてののみが泣いている。 「東原」 声をかけると、びくり、と一瞬ふるえ、そしてゆっくりと振り返った。 顔はすでに涙でボロボロである。 「こんなところで何をしているんだ」 できるだけ、気を使って優しくたずねたつもりだが、効果のほどはわからない。 「先生がね、ないちゃめーっていうのよ。 ぎんちゃんは、りっぱに死んだからって。 でも、ないちゃうのよ。…悪い子…だよね」 「それで、ここで隠れて泣いていたと言うわけか」 「…うん。がまんしようって思うんだけど、…ないちゃうの」 ひとつ、息をつく。 「東原、我慢しなくていい。 泣きたいときは思い切り泣けばいい。 ……本当に泣きたいときに泣けなくなってしまう前に」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 田代が乱暴に扉を開く。 小隊隊長室の中では善行がいつものように書類と格闘していた。 いつものように。 「おや、田代さん。 おはようございます」 そのいつも通りの平静な顔を見ると、たまらなく腹が立った。 感情のままにまくしたてる。 「…なんでおめえ泣いてないんだよ。悲しくねえのかよ。 もっと悲しい顔しろよ! 泣けよ! バカ!」 書類を一時離し、田代の方を見る。 「生憎、不器用なもので」 静かな、声。 田代に非を認めさせるには、充分な。 「……わりぃ」 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で謝罪の意を伝えると、目の前の椅子に座る。 「…陳情、ですか?」 「ああ」 「………まさか!」 おもわず席を立った善行に、田代はゆっくりと微笑んだ。 「オレがスカウトになる」 「…………」 善行の表情は、それが彼の予想通りの答えだったことを如実に示していた。 「整備の穴は、茜にでも埋めてもらう。 元々体使ってるほうが性に合うんだオレは」 善行の目を見る。 決意を示すように。 「オレは、頭悪いからな。 カラダ張ってやることしか出来ない。 だから善行、お前は頭使ってくれ。 オレが…オレ達が、最善を尽くせるように」 倒れこむように、善行が椅子に再び腰掛けた。 たった22、いや、21人。 それが、こんなにも重い。 それぞれが最善を尽くそうとしている。 自分は? ここにいる自分にはもっと他に出来ることがあるのではないか? 心の中にある疑問が再び三度、渦巻く。 陳情用のテレビ画面にスイッチが押された。 〜FIN〜 |