告白

―――壬生屋未央&瀬戸口隆之&若宮康光―――


 「……っ」


 出かかった言葉を、壬生屋は無理に飲みこんだ。
 彼に、気持ちを告げたかった。

 だけど。
 同時に、ひどく恐ろしかった。

 なんだろう。
 思いを告げたあとに起こりうる現実に、耐え切れないと感じたのかもしれない。
 結局のところ、一度逃したタイミングを再びつかむことは出来なかった。

 彼は、そんな自分の様子に気がついていたのだろうか。



 ―――彼が、瀬戸口さんがののみさんに告白したらしいと聞いたのはその翌日のことだった―――


「千翼長、お加減でも?」

 掛けられた言葉に、壬生屋はただ黙って首を横に振った。
 失恋して気が落ちこんでいるだけです、なんてとても言えるはずが無い。
 無理に微笑んで見せる。
 声をかけた当人の若宮は、少し、眉を寄せて壬生屋のそんな様子を見る。

「無理をしておられるでしょう」
「無理なんか、していませんよ。私は元気です」

 なおも若宮が何事か言おうとしたが、急に壬生屋の表情が変わったので、口を噤んだ。


 瀬戸口が、教室に入ってきたのだ。


 顔を伏せる。
 瀬戸口の方を見ることが出来ない。
 どうかしている。彼は、何も知らないのに。
 様子がおかしいと、変に思われる。
 けれど、未熟な自分には平静を保つことが出来ない。

 自分に気がつかないで欲しい。
 こちらにこないで欲しい。
 声をかけないで欲しい。

 だけれども、壬生屋のそんな思いを知ってか知らずか、瀬戸口は一直線にこちらへと歩み寄ってきた。
 いつものように、口元に少し皮肉な微笑をたたえて。

「今日は随分おとなしいね、珍しい」

 少しからかうようなその言葉を聞いて、確信した。
 彼は、気がついている。
 自分の思いを知っていて、それでなおかつ自分をからかっている。
 それを知って、自分の顔が赤くなるのを感じた。
 涙が出そうになる。
 こんなところで泣きたくない。負けたくない。


「どけ。壬生屋が困っているだろう」
 若宮が、見かねて間に入る。
 瀬戸口は、そんな様子を見て、口端だけで笑った。
 嫌な笑いだ。
「…」
 次の瞬間、瀬戸口は壬生屋の手を引っ張ると、唇にキスした。

 突然の、あんまりと言えばあんまりな行動に若宮の頭は真っ白になった。
 殴りかかってやろうかと思ったが、それより彼女のほうが心配だった。

 が。
 誰よりも早く反応したのは、壬生屋本人だった。

 渾身の力をこめて瀬戸口を平手打ちする。
 パァン、という音が教室に響き渡った。 
「……最低です」

 それだけを言うと、壬生屋は駆け足で教室を出ていった。

「……」
「………」
「……あんたは、殴らないのか?」
「……まるで、殴られたがっているみたいだな」

 それだけいうと、若宮もまた教室を出ていった。
 瀬戸口を殴ることは、しなかった。


 教室に一人残った瀬戸口は、自分の席にだらしなく腰掛ける。
 息をつく。

「……これで、少しは楽になるかな…」


 誰に向けての言葉なのか、それとも自分自身に向けての言葉なのか、それはわからない。



 若宮が探し回ったところ、壬生屋は、屋上にいた。
 屋上にある数個の椅子の一つに座り、一見のんびりと、校庭を眺めていた。
 若宮の姿を認めると、少し反応したが、それだけだった。

 歩みより、自分は直接その場に座り込む。
 近くによると、壬生屋の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「みっともないところを、見せてしまいましたね」
「いえ」

 気の効いた事を言えればいいのだが、あいにくと若宮はそれほど器用ではない。
 朴訥に返事をする。


 言いたい事はたくさんある。
 それを整理しきれない。


 しばらく、二人でぼんやりと校庭を眺めていた。
 授業はとっくに始まっている。

「授業、さぼってしまいましたね。
 若宮さんまでつき合わせてしまって…申し訳ありません」
「いえ、そんなことは…!」

 生真面目に答える若宮に、壬生屋はくすくすと笑った。

「俺と、お付き合いしてください」
「……え?」

 壬生屋が笑うのを止めて、目を見開いてこっちを見ている。
 そりゃそうだ。いきなり何を。
 つい、口を継いで出てしまった。

「え、いや、あの、…そのですね」

 しどろもどろになんとか言いたい言葉を引き出した。

 そんな風に、泣いて欲しくないんです。
 さっきの教室でみたいに、無理して笑って欲しくないんです。

 若宮の言葉に、壬生屋は少し顔を赤くしたが、眉を寄せて俯いてしまった。
 当たり前だ。さっきの今である。
 答えられるはずが無い。
 応えられるはずが無い。

「……すいません。困らせるつもりはありません。
 ただ、言いたかっただけですから。俺の我侭です」

 泣くときは、自分の傍で大声で思い切り泣いてしまって欲しい。
 笑うときは、心の底から、嬉しい気分で笑っていて欲しい。
 感情を殺すことだけは、して欲しくない。

 それは、本当に、俺自身の勝手だ。


「若宮さん」
「…はい」
「……もう少し、待っていただけますか?」
「…は?」


 今は、とても気持ちの整理がつかないから。
 そんな状態で想いに答えることなど出来ないから。


 ……そう、応えたいから。



 数日後、壬生屋と若宮は、恋人状態になった。  




〜FIN〜





あとがき

んがー。無駄に長い。つまらん。がふー。←落ちつけ
ってぇわけでサードマーチからの妄想SSです。
今回は前ほど続かないと思います。次回で終わる予定(笑)。
それにしても今回瀬戸口やな奴ですねぇ。
今回は「告白のタイミングを逃した壬生屋」と「逃さなかった若宮」を書きたかったんで。

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